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2009/06123456789101112131415161718192021222324252627282930312009/08
sanjobi 以前よりメグマリコさんにお知らせいただいていた「三女美」の皆さんが出演の、「あらびき団」(TBS/2009年6月24日放送分)がようやく関西でも放送(7月1日)され拝見。5月にお目にかかった時点では収録も済んでいたので、本当にようやくでした。で、期待半分…番組の性格上、半分は正直おっかなびっくり(笑)、録画していたビデオにて(って、リアルタイムで見るのを、オノノイていたわけではありません。帰宅が遅くなると踏んでいたからです)。で、実際拝見してみると、画面いっぱいに広がるムンムンのレオタード姿にはいやはやびっくりを通り越して、思わずのけぞり驚天動地、JACに負けないバク転への勢い!。いやぁ、スゴかった、色んな意味で!。

 番組意図に則った演出もあってライト東野(東野幸治)レフト藤井(藤井隆)には例のごとくバッサリとやられておりました、「浪速のチャーリー・エンジェルス」。当然それらを間に受けた視聴者もいたことでしょう。もちろん、「コレ、何やねん?」と嘲笑…もちろん、それが番組側の「逆の愛情」でもあるのでしょうが、ほとんどがそれっきりでオシマイ、チョン…何度出演しても同じこと。ある種の刹那さがまた深夜番組の風味でもあるのでしょうけれども。

 それにしても「三女美」の皆さんは今回番組初出演。正直、意外だったのですが、これまではセクシーダンスのシルクさん単独出演だったようで、そうか、その印象が大いに強…過ぎたかのか(笑)。その後、「あの、シルク姉さんが!?」の評判のもと、各番組で振りまきまくったセクシー旋風がいよいよ「三女美」で、満を持して。それにしてもユニット結成まで個々の活動を長らく拝見している分、三人三様の紆余曲折の果てでの、良い意味での開き直りと肝の据わり方の力強さ。それが濃密に結実しての今日(こんにち)…と確信。昨日今日の一発芸と一緒にされては惜しいで勿体無いで…ソウルフルだぜ、ブルースだぜ、女のみちだぜ、ぴんからトリオ!。

 テレビでは伝わりにくいその魅力は、実際のステージを見るべし。9月の「京橋花月」よる芝居「女忍のブルース」…そのチラシや制作までの足跡がメグマリコさんやこっこさんのブログでも紹介されております。女忍者の切なさとたくましさ、そして華やかさに「由美かおる」さ(?)が凝縮のチラシ。思わずまさか入浴シーンも?…と思ったら、シルクさん…柔肌!。

 ひょっとしてもしかして、あながち、あながちなのかもしれません…アハハ…って、えっ、危機一髪てか!?(笑)。
mori そういえば、森光子さん主演の舞台「放浪記」。かつてのホームグランドであった、東京・日比谷「芸術座」が閉館されるというので、当時そのドキュメント番組と、あと劇場中継もNHKで放送されていたのを録画していたなぁ…と、すでにダビングを済ませたDVDを朝からずっと探していたのに、全然、見つからず!。まったくもって整理性に欠く己の無頓着ぶりに呆れるばかり。その代わり、というわけでもないのですが、「放浪記」を名匠・菊田一夫氏の後を継いで演出に携わった、三木のり平さんの、これはいつごろ放送でしょうか。とにかく、芸能生活55周年を記念してNHK−BS2が連日放送した何本かの舞台中継を録画したビデオが発見出来ました。あ、古今亭志ん朝師匠だ!…夜中にでもじっくり見ようっと。

 当時はまだ、名物の「でんぐり返し」のシーンも健在だったはずで、そこを資料に落書きショウとも考えたのですが、結局、今回は7月のカレンダーに間に合わすために(結局、公開は1日遅れましたが)、ありあわせのチラシ画像を元に、あら、エッサッサ〜。「タケヤみそ」のCMでも使われているもうひとつのお馴染み名場面です…。
 昨年12月にネットオークションで2万円で購入したノートパソコン。実はここ最近、HDDへの情報に負担を掛けすぎると、その処理にてんやわんやするのか、妙な熱を帯び出して挙句、ピーピーと変な警鐘音を鳴らしたかと思うと、そのままヒュ〜ン…勝手に電源が落ちてしまい…。確かに無茶な使い方をしていたのかもしれませんが、それでも冷却ファンは正常に動いてもいてくれたのに。パソコンの底面が熱に逃げ口を失っていたかもしれないと、すのこのようなものをカマして通気口も誂えていたはずなのに・・・。

 仕方がないのでもう一度スイッチを入れてみた・・・すると・・・明かに液晶画面が、暗い!。これは勝手に省エネモードに切り替わったのかなと色々調べてみると、そんなモードはハナから無く、ネットで色々検索してみたら、どうやら、画面を内面から照らす、蛍光灯のような電球が切れてしまったのかも…と。家の電球は簡単に仕替えられるが、パソコンの液晶も楽に替えられるのかと、これまた色々調べてみたら、液晶の画面によって、またパソコンのメーカー、もしくは修理専門店の選択によって、さらには、部品を買ってきて自分で仕替えることが出来たならば・・・と、修理代の差は千差万別。もちろん、後者になるほど、安くあがるみたいですが、平均的相場は、修理専門店…2〜3万前後もかかるそうな…。ガク然!!。 これ以上、ビンボー人を苦しめないで!!。中古で買ったとはいえ、たった半年の寿命…なのか?

 もちろん、ビンボーなりはなりにで稼ぐ手立てはありそうなものの、肝心の手立てにはどうしても必需品なパソコンがパーになっては元も子もお話にもなりません。

 文章を打つにはまだ古いパソコンが間に合いそう。現に今もこの更新は、古い「98」機が頑張ってくれております。10年選手の大ベテラン、まさに「兄機」な鉄人ぶり。同じ中古で買ったのに、嬉しさあまってメーカー名も実名で。さすが、光る〜光る、あ、スッキリハッキリクッキリ、東芝サン!…つくづく頭が下がります。が、一方でイラストの方は困り者。実は似顔絵入りの名刺のご依頼を何件か受けておりまして、これは「XP」機でなければどうにもならない。「98」には容量の関係で積めない色んな種類のペイントソフトや画像編集ソフトも、「XP」だと楽に積めて、サクサクと作業も容易であっただけに、はっきり言って、手痛い!。「XP」機に乗り返るまで「98」兄機に積んでいた、少数のソフトで今は乗り越えるしかありません…が、処理が恐ろしく遅っせぇ〜!!。しかも、この「兄機」・・・いつまで持つか分からないし。

 とりあえず、「XP」機も暗いながら何とか動いてくれるのですが、風前の灯火とはこのことで、次に熱がこもり過ぎたら、今度こそ完全にお釈迦、間違いなさそう。積んでるデータも急いで移し変えなければ・・・。中古で買っておいて何ですが、腹立ち紛れにメーカー名も実名で…。

 日立のパソコン…このキ何の気、やる気ある?…ああ、使えねぇ〜!…※データには個人差があります…by リーブ21。

 気分直しにDVD。HDDからダビングしがてら録画していた番組でも見ようかなと思いきや、このダビングの、DVDがことごとく、エラー!。相当落ち込んでクリーニングを施しても、エラー、エラー、エラー!・・・はぁ、エラぁ〜・・・。

 身の回りの電化製品が軒並み悲鳴を上げていそうな・・・。この蒸し暑さ、まさか扇風機…は安いにしてもエアコンのほうは大丈夫だろう…か。電化製品だけならまだしも、己の体調は大丈夫か。このところ、腰は痛いは頭痛もするわ…。ビンボー人はおちおち病気もしてられません。

 ああ、神様タスケテ、ズビズバ〜!!…我が梅雨じぇんしぇん、停滞中でごじゃいましゅ〜!。
 今月のカレンダーは、勝手に、森光子さん国民栄誉賞受賞記念、題して「森光子と昭和のお茶の間喜劇スターだョ!全員集合!!〜カックラドンと笑いごろオンステージの時間ですよ〜」

200907ca コントも出来る国民栄誉賞女優、史上初の快挙をお祝いして、森光子さんと競演の昭和のコメディアンをズラリ。誰が誰だか分からないとイケないので(笑)、ご紹介がてら、各氏と森さんの競演史、記憶のまま記すと、「NHK紅白歌合戦」(NHK総合)の紅組司会者と白組キャプテンで競演の三波伸介さん。「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」(テレビ朝日/1976〜1978年)の『おか〜たま』に扮した伊東四朗さんが主役を演じた「水曜劇場・ムー」(TBS/1977年)にゲスト出演で。「欽ちゃんのどこまでやるの!」(テレビ朝日/1976〜1986年)に扮した萩本欽一さんと、「カックラキン大放送!!」(日本テレビ/1975〜1986年)『お笑いお茶の間劇場』坂上二郎さんによるコント55号では映画「コント55号 世紀の大弱点」(東宝/1968年)にて。ねじり鉢巻、長髪で若いころの堺正章さんとはご存知「水曜劇場・時間ですよ」(TBS/1970〜1973年)、その後の「水曜劇場・時間ですよ昭和元年」(TBS/1975年)での夫婦役は荒井注さんと。そしてザ・ドリフターズの皆さんとはお馴染み「ドリフと女優の爆笑劇場」(テレビ朝日/1976〜1989年)「加トちゃんケンちゃん光子ちゃんの笑いころげて!シリーズ」(フジテレビ/1990〜1994年)にてそれぞれ競演。

 とかく「放浪記」の快挙だけが取り沙汰されておりますが、もちろん、これは素晴らしい大記録であることが承知のこと、一方で喜劇女優としての輝きも断然評価されるべきところ。森さんもうひとつの当たり役、舞台「おもろい女」で演じる主役、伝説の天才漫才師「初代ミス・ワカナ」はご当人の師匠筋。さらに「花菱アチャコ」「横山エンタツ」(そのころはコンビを解散しており、それぞれ一座を率いていた)、そして「中田ダイマル・ラケット」といった名人上手に徹底的に笑いのいろはを叩き込まれた若き日の大阪時代へ経て、独特の勘。この時代を無くして、後の舞台の名物、「でんぐり返し」のシーンは誕生しなかったといっても過言ではありません。

 そんなコメディエンヌな森さんの姿が、今度のカスペ!「森光子とドリフの爆笑スペシャル 国民栄誉賞受賞記念!」(フジテレビ/7月7日放送)にて放送予定。テレビ朝日で放送されていた「〜爆笑劇場」の映像も久々に見られそうなので楽しみです。
引き続き…「フリーチャンネル・永久保存版!漫才の系譜」(朝日放送/1993年8月放送)より、出演…海原小浜、夢路いとし・喜味こいし、司会…上沼恵美子三代澤康司(敬称略)の対談は、いよいよラスト、『しゃべくり漫才黄金時代…ダイラケからやすきよまで』をお送りいたします。

 この回では、上沼恵美子さんが「海原千里・万里」時代を、師匠である海原小浜師と共に懐かしそうに語られているのが印象的です。また、兄弟漫才、もう一方の雄であった「中田ダイマル・ラケット」についていとし・こいし師匠が語られているのも聞き物です。では、ビデオテープを再生…。

 VTR…
  音源「お笑い喫茶店」…漫画トリオ
  画像「豊中保健所一日所長風景」
  「故郷さんこんにちは」…横山やすし・西川きよし
           (THAT’Sマンザイ/1979年放送)


  上沼 漫画トリオさんの漫才ってスゴイ貴重なんですよね。
      けど、「一日保健所所長」の
      フィルムが流れてましたけど、
      ああいう時も前髪をグルリと…
      (横山)ノック先生可笑しいなぁ思てね(笑)。
      アレは地毛ですよね。

 こいし 初めは地毛でやってはったんや。
      で、段々毛が無くなって来て…。
      髪を前に寄せてたんやけど、
      そこだけを張りにしたんやね、ヅラに。
      トレードマークやから。
      ほんで舞台に上がってパーンとドツいてたら、

      前髪だけ飛んで行った…(笑)。

      それがオモロイ言うんで後半はネタにしてたけどね。

 VTR…
   上方柳次・柳太(『和朗亭』より
   「お笑いアップダウンクイズ」…レツゴー三匹
                  (『THEテレビ寄席』/1983年放送)
   「お笑いピクニック」…
      正司敏江・玲児(神戸松竹座/1971年)
   「シャレづくし」…Wヤング(『和朗亭』/1976年)
   「ヤングヒットパレード」…海原千里・万里
      (『お笑いネットワーク』読売テレビ/1976年放送)


  上沼 足長いんですよ、かかとの高い靴履いてました。

 三代澤 流行りましたねぇ、パンタロン。

  小浜 可愛らしかったね。

  上沼 けどテレビの場合ですと、
      出番の時間が限られてますから…。

  小浜 そうそうそう。

  上沼 何かこう、すぐに掴まなアカンというか、
      すぐに笑いを取らないといけないという
      宿命がありましたですね。

 いとし この千里・万里ちゃんの成功でやね、
      女性コンビがパッと増えたような気がするね。

  小浜 そうそう!ホント、そうですよ。
      若い子が漫才に付いてきたというのは、
      やすきよさんと千里・万里ちゃんからやと
      私は思いますよ。

  上沼 恐れ入ります…。
      もう出て行くとギャ〜ッと若い子が、
      アイドル歌手を見るみたいにそういう形で
      言って頂いたというのが覚えてますね。
      プレゼントでもいっぱい頂きました。

  小浜 女同士ちゅうのは伸びにくいて言いますからね。

 いとし 話題に困るもん、大体ね。

  小浜 ほんでちょっと売れて来た思たら  
      結婚してまうしね。

  上沼 ですからウチも正味やってるのは
      5年ぐらいなんですよ。

  小浜 びっくりしたもんな。
      「師匠こないこないで…」て
      結婚の報告に来たときは頭ドツいたろかな
      思たけどね。

  上沼 「これから」という時だけに。

  小浜 「アンタらこれからドンドン、目の前に一万円札が 
       仰山山積みになろか言うてんのに…」

  上沼 そうそう(笑)

  小浜 それ放ったらかしといて、
      どんなんと結婚するんじゃて私怒ったんやもんね。

  上沼 そうですわ、もうねぇ。

  小浜 それでも行ったもんな。私ぐらいなもんや、
      行かんと根気よう頑張ってるのは!(笑)

  上沼 アハハ…根気良すぎる…(笑)

  小浜 アハハ…!、放っとけ!(笑)

 VTR… 
  音源「恋の手ほどき」…中田ダイマル・ラケット
                 (戎橋松竹/1955年4月)
  映像「びっくり捕物帖」収録風景。
     「ぼくは幽霊」…中田ダイマル・ラケット
       (『40周年記念特番』NHK/1980年放送)


  上沼 今のダイマル・ラケット師匠のVTRを見てますと、
      一個一個の言葉を大事にしはりますやんか。

 三代澤 「青火がポッ」とかね。

 こいし そら東京大阪の比較で、
      大阪の漫才は泥臭いとよく言われるけど、
      クドいって言うことをねよう言わはるけど、
      大阪の漫才はクドいんじゃないんです、
      丁寧なんです。
      一回だけの笑いでそれ勿体無いでしょ。
      もう一回やったら笑いがその倍来る場合が
      あるかも分からんのやから。

  上沼 二番出汁っていいますかね。

 いとし 一番搾りだけやなしに何番搾りにもね。

  上沼 違う味が出来ると。新製品が出来るわけですよね。

  小浜 ダイマルのお兄さんは一番最初は
      さらにお兄さんと組んではったんやね、
      「中田ダイマル・デパート」言うてね。

  上沼 ダイマル・デパート!

 こいし 初っ端はね。

  小浜 相方さんは「デパート」言うてお兄さんやってん。

 こいし その後お亡くなりになったんかな。

  小浜 戦死しはったんと違いますかね。
      兵隊に行かはって。

 こいし ほんで、ラケットさんと。ラケット兄さんは最初、
      歌手志望やってん(笑)。

  小浜 じきに歌、歌いはんねん(笑)。
      麻雀してても、「ラケット兄ちゃん、歌!」言うたら…

 こいし すぐに構えて(笑)。

  上沼 それにしても今日は色んな話題を
      お聞きいたしまして。おなかいっぱいで、
      本当に良い思いをさせていただきましたですよねぇ。

  小浜 自分だけ若そうに言いないな!(笑)

  上沼 いや、若いですって、このメンバーのなかでは(笑)

  小浜 (笑)。

  上沼 ホントに今日は有難うございました。

 今後、テレビでこういう回顧番組が制作されるのは皆無に等しいと思います。それは当時を知る、もしくは演芸に熟知したテレビマンや作家がも少なくとも現場から段々少なくなってきているからです。だからといって現在、将来の番組制作やお笑いの創作には、特にその時代の瞬間を切り取ることが第一義とされている限り、過去の証言や番組が大した影響を及ぼすことが無いのも確か。が、しかし、お笑いに限らず、歴史の積み重ねによって現在が成立しているのは絶対です。その積み重ねこそは、その分野においての一つの恩恵であるべきなのです。また、その恩恵を今後に生かしていくことは、方策のひとつでもあるのです。

 今を切り取るばかりに刹那的に進化してしまうお笑いだからこそ、大事にしておきたい過去の証言…今回、まとめさせていただきました。今後も可能な限り、いろんな証言を紹介させていただきたいと思います。

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