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2009/101234567891011121314151617181920212223242526272829302009/12
nikaku20091103 当日、河内家菊水丸師、「新聞詠み家元封印公演」(大阪・日本橋〜国立文楽劇場小ホール)終演後、その足で千日前まで歩き、なんばグランド花月、幸い当日券ありとのことで…

「第五回なんばグランド花月 笑福亭仁鶴独演会」(大阪・中央区千日前〜なんばグランド花月/2009年11月3日)

●「看板の一」/笑福亭扇平

●「替り目」/笑福亭仁嬌

●「兵庫船」/笑福亭仁鶴

〜仲入〜

●「トクさんトメさん」/笑福亭仁智

●「崇徳院」/笑福亭仁鶴


 2階席立ち見からながら、緞帳が開いた瞬間、静かなどよめき。今回もこんな豪華な装置(セット)が組まれているとは…。深まる秋を意識した紅葉鮮やかな日本庭園…さすが仁鶴師をして「日本一の落語会」と自負、言わしめるだけの絢爛さ。そういえばこの日は、秋どころか一気に冬模様、前日には木枯らし一号が近畿に吹き荒れ、紅葉らしい紅葉を愛でる間も無しにといったところに、まさかの歳時記、NGK…でした。
 昨年発売に続き、第2弾のDVD全集も企画されているのでしょう。前全集の独演会三回分に倣えば、昨年、今年ときて来年が第六回を迎えるので、発売はその次の2011(平成23)年辺りか。2011年といえば、1962(昭和37)年六代目笑福亭松鶴師への入門以来、仁鶴師にとってはちょうど芸能生活50周年突入の年でもあったと思います。さらにその翌年には吉本興業創業100周年が控えています。いずれにしても記念の全集として大いに宣伝されることとなるでしょう。
 そんな記念を控えてか、今回かけられた、特に「兵庫船」は、聞くところによると先輩である四代目桂文紅師に指導されて以来の、若き日の十八番。にも関わらずこれまであまり掛けられることも少なく、ここへ来てじっくり円熟のそれを聴かせてくれることとなったのは、仁鶴師自身、おそらく、原点の一本として捉えているからなのでしょう。また、事前の新聞記事などによれば、現在アースマラソン敢行中の間寛平さんの陣中見舞いによって、逆に英気を得ることとなって発奮の船旅へ挑む…そういう意味でもあったのだとか。

 間もなく…といっても数十年後の将来ですが、いよいよリニアモーターが実用化され、東京〜大阪を一時間ちょっとで往来しようかという時代に、神戸から金毘羅さんに向かっての船旅、悠然と舟唄の掛け合いも心地よく、情感たっぷりの仁鶴節も相俟って、今の時代にこんな心の贅沢に浸れるとは…しみじみ実感した次第。
 また「崇徳院」は、今なおの十八番で、仁鶴師の声で上の句「せを〜はや〜み〜」…と例の口調でやられては、思わず客席こちらも「せを〜はやみ〜」と一緒に声に出したくなる(笑)。個人的には、学生時代からごくごく一部で披露していた仁鶴師の物真似は、皆が「どんなんかなぁ〜」や「上沼相談員は〜」とやるなかで、一人だけこの「せを〜はや〜み〜」…ばっかりで遊んでおりました。まさに私的版「仁鶴とあそぼう」です(笑)。それにしてもいつまでも響くお声でございます。

 そんな師匠を頂点に、筆頭の笑福亭仁智師はあえて選んだ新作の道で独特の境地を極め、その代表作である「トクさんトメさん」、爆笑をさらいます。また初聞でしたが、笑福亭仁嬌師はこってりこれぞ笑福亭風味の空気を醸し出し、さらに仁鶴一門としては孫弟子第一号、笑福亭扇平さんの開口一番。孫弟子といえば現在ではここに笑福亭智之介さん、笑福亭智六さんと続きますが、後続の一門若手にとって扇平さんはまさ羨望の一席を預かったといってもよいでしょう。ご自身の憧れでもあった「笑福亭」という看板を背負っての語り口も堂々たるものでした。

 師匠、弟子、孫弟子のいずれもが充実した高座を一座として揃えることが出来るのは、紛れも無く仁鶴師お元気なればこその賜物。金看板、その牽引力の力強さを改めて感じることが出来ました。
 というわけで遅ればせながら、やっとこチラシ絵が出来ました。普段のサンホールで開催ライブのそれと比べると随分、浮きまくってしまいますが(笑)。

haruichirakugokai「春一番プロデュース 楽語貝(らくごかい)」(大阪・ミナミアメリカ村〜SUN HALL/2009年12月6日日曜日 17時30分開場、18時30分開演)

 出演/石田長生、
     林家そめすけ、
     山中一平、
     北京一、
     林家笑丸


 料金/前売●2500円
     当日●3000円

 お問合わせ…サンホール
  〒542−0086 
   大阪市中央区西心斎橋
    2−9−28 サンボウルビルB2
    TEL 06−6213−2954
    FAX 06−6213−6947 


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 先々月か、当ブログにも記事にしたのですが、学校関係から依頼された落語台本。いわゆる今後の教育問題を見つめ直す、といったフォーラムが開催されるとかで、そこに見合った台本を、と頼まれておりました。何とか頭をひねりながらどうにかあらすじにはしてみたのですが、先方の同時進行、そのフォーラムの内容が具体的なものになるにつれ、「やっぱり、そこで新作落語は無理がある」とこちらから。しかも演者まで先方が指定してきたので、こりゃタマランと、別案を提示。

 その別案とは、いわゆる古典落語に描かれる世界というか、決して悪人が出てこない点と、今は希薄になってしまった人と人との情愛、それは親子関係といったものから、長屋の人付き合いまで。演者さんにはフォーラム用の新作落語を演じてもらうのではなく、一般的な古典落語を演じてもらってから、以上のような話を、ほかの参加ゲストとのシンポジウムというか、トークコーナーで語ってもらうと何とか格好がつくだろう、と。おまけに、落語独特の「師弟」という名の親子の意義深さなんかも語っていただけると、それはそれで教育問題どうのこうの、というよりも当たりが柔らかくなるでしょう、と。

 結局、それはそれで先方にも納得いただきました。が、問題は、指定していた演者さんと、どうしても連絡がつかない…のだそうな。その演者さんは以前に面識ありながらも、仕事をしたことが無かったので、とりあえず、所属事務所から、落語協会か。それともその演者さんが運営するホームページにメールするか。色んな手段をこちらで講じてみて、先方もメールで、その通りに交渉を試みたようですが、待てど暮らせどの演者の応対…。進展のないままフォーラムの日も迫っているし、おまけに学校関係ということで予算も決まっているしと、どう考えてもこれは交渉が難しいですぞ。しかも、学校関係の先方さん、あまり落語をご存知ではないようで、ましてや演者さんの高座も聴いたことがない…。思わずこちらも、途方に暮れるばかり。

 その前になぜそんな依頼があったかというと、その学校関係者の一人が随分以前のこちらの知人で、しかも学生時代以来15年以上のご無沙汰でした。というのも、先方が、やはり昨年に仕掛けたという別のフォーラムに、とある若手コンビに起用した際に、当然彼らの所属事務所にも交渉しにいった、その段で、ヤツ…つまり私めが、ヤツのこっちゃからひょっとして何かお笑いにイッチョ噛んどるぞ…いや、絶対噛んでるはずや。何の根拠か、勝手な先方の思い込み。しかしそれは当たらずとも遠からじで、どこでどう調べたか当方、依頼の連絡を受けてしまうことになったのでした。
 こちらとしては有難いのと同時に、何せ15年ぶり。思わず懐かし四方山話に花咲かせよう…とその前に、あまりに先方のある種突拍子な予想に、実は見事的中してしまった当方が、いかに15年以上も変わらぬオッチョコチョイぶりであったということが、思わぬ形で露呈してしまい、そういう意味では非常に情けなくもありました…(ーー;)。

 そんなこともあって、落語や落語家の認知度が低い、先方には、こうした方が効果的な交渉が出来るのではと色々アイデアを説いてみせたのでが、先述の通り、交渉演者さんからの音沙汰無し。あまりに先方…というか旧知の先方ですな。落胆しているようだったので、ここは一肌仕方あんめい、私め単身で、演者さんに直接乗り込んで、しかもフォーラムの趣旨もあやふやなまま、とにかく「落語の何たるかを語っていただきたい」とお願いさせていただきました。何とか連絡先の交換もかない、あとは「ここに連絡したら」と知人に投げかけると、早速演者さんに連絡を取ったのか、メールでの交渉の返事が1週間以上音なしであったにも関わらず、翌日には交渉成立、さらに出演承諾と来たから、やっぱり何でも直接、ダイレクトが物を言うなと我ながら驚愕。

 さぁ、後は当日、どんな落語を演じるのか。それとシンポジウムでは何を語ってもらうのか。知人も交え打ち合わせの機会を持たねばなぁ…と考えていたら、知人よりメール、「ネタはもう決まりました」。しかもシンポジウムで語ってもらう内容も、交渉時のメールや電話連絡で首尾よく演者さんには伝わったらしく、よって、「打ち合わせの必要ありません…また、どこかで会えたらよろしいな」ですと。

 打ち合わせの手間が省けたのは良かったけれど、あまりにもそのトントン拍子、あっさりぶりに開いた口がふさがらず、思わず季節外れの蚊を一匹飲み込んだ…蚊ァ〜っ、ペッ!!

 というわけで、私めの仕事はここまで。

 本当ならばフォーラムがどんな具合に進むのか、この目で現場を見届けるまでは…。これは今までの仕事が皆そうだったことを思えば勝手な自分のなかでの常識でもあっただけに、要は、主催者と演者の橋渡し役だけに終わってしまったのは、まま、こういうこともあるのかな、でもな…。少しだけ不完全なモヤモヤが残らずにはいられません。

 当日のフォーラムには、テレビなどで有名なさる学者さんもご出演になられるというので、出演いただく落語家さんとは新しい形のご縁を作ってもらえば良いのになぁ、と願う次第。何せ人の縁が物言う世界ですもの。お箸の国の人だもの…? で、残された私めといえば…所詮浮世の渡り鳥、ま、こんなもんですわ(笑)。

 さて、他人の仕事にイッチョ噛んだ後は、今度は我が事の。12月6日開催のサンホールでの、落語会…あと1カ月、急ピッチで準備、急がなくっちゃでクッチャクチャ!
kikusuimaru20091103 25年の長きに渡り掲げられてきた、現在の河内音頭取りとしては唯一無二の「新聞詠み河内音頭菊水丸流家元」の看板をついに封印。その舞台となりました、国立文楽劇場小ホールというのは、同所が建築されるまで小学校跡地として更地であった30年前、夏は三段に及ぶ豪華版、名物櫓として有名な場所で、河内家菊水丸師が今の吉本興業へ所属する直前…いわゆる本格的プロ活動の寸前まで同櫓に立たれていたという、いわば、思い出中の思い出の地。歌い手としても立たれたであろう同櫓では、当時まだ高校生だったということもあって歌よりも、菊水丸師が今なお尊敬も心酔もし続けて止まない、浪曲界の大スター・初代京山幸枝若師が夏場限定で披露した音頭、その社中のギター弾きとして名人の背を眺めた場所でもあるのだそうです。今後の正調河内音頭伝承者としてはもちろんのことながら、芸人としての原点である地において、感慨の節が、この日の文楽劇場小ホール、大いに響き渡りました。

河内家菊水丸「平成21年度(第64回)文化庁芸術祭参加公演・新聞詠み河内音頭家元返上公演〜伝統河内音頭継承者への第一歩」(大阪・日本橋〜国立文楽劇場小ホール/2009年11月3日)

●「祐天吉松 飛鳥山の巻」

●トークショー
  ゲスト…もず唱平
(今回公演監修)


●「九代目市川団十郎と馬の足」
  河内家菊水丸
  和太鼓…三条史郎
  ギター…石田雄一


 1988(昭和63)年、師が25歳のころ、今は無き、心斎橋筋2丁目劇場で初めて開催した独演会、そのゲストに招かれた京山幸枝若師が、「今日のお祝いに何か一本、ネタを菊水丸くんにあげよう」。ところが菊水丸師、心酔も陶酔も憧れのおっ師匠さんを目前に「一本には絞れませんわ。あのネタもこの音頭も、その演目も」と懇願…というよりも半ば、その幸枝若師の懐深さに甘えた格好でもあったのでしょう。その熱意にほだされた幸枝若師、思わず、「ええい、皆持って行け〜、大安売りじゃ〜!」。そのなかで一番大事にされてこられたのが、今や菊水丸師の十八番、当日一席目、「祐天吉松〜」でした。
 元はスリの親分が、すっかり足を洗ってその恩人の伝で商売を始めるも、かつての仲間にたかられて、とうとう商売を投げ打って、ついには我が子に合わせる顔も失い、背を向けたまま姿を消してしまう…という、吉松の半生を、豪快な時代は伸びやかに、幸福な一瞬は語り口で滑稽に。哀れな最後は情感たっぷりに。45分堂々の歌い上げ、万来の拍手喝采に包まれます。

 続いて、トークショーでは少年期よりその成長を眺め続け、また今回公演の監修を努められた、作曲家・もず唱平氏のまずはその絶賛に始まって、さらに河内音頭の起こり、成り立ち、河内平野一帯に点在した各郡部独自の節回しが、やがて統一されるようになって現在の「河内音頭」へ…と、音頭講座も。北河内のもず氏と、中河内の菊水丸師、本当は朝まで語りたい、こちらとしても伺ってみたい、音頭の世界の奥深さを拝聴。また、「新聞詠み〜」封印の未練はないかと突付くもず氏に対し、「やるべきことは全部やりました」と爽快感に溢れながら、伝統を受け継ぎつつ、改めて『菊水丸節』なる、独自の芸の求道を見据えた今後の展望などなど、生まれ変わる「河内家菊水丸」、その決意表明も。
 さらには、語り芸でありながら、実は観客に「踊ってもらう」ことを身上とした、特異のソウルミュージック・河内音頭をして、節に大事なリズムにテンポを終始一定して刻み続けながら、それでいて場面場面で切り替わる、様々なテクニック、その駆使ぶり大いに発揮する、ギター・石田雄一さん、和太鼓・三条史郎さんの演奏をもず氏が絶賛。これを受けて、「ホンマに僕は恵まれてます」と恐縮しながらも、心は誇らしげに菊水丸師。誠に、男ットコ前でございました(笑)

 そんな信頼厚い相三味、相太鼓を従えての、本日の締めくくりは、「九代目市川団十郎と馬の足」
 馬の足役という端役ながら、住んでる長屋の大家はこれまで家賃が滞っていた名も無き役者、『市川武助』をして、「それでも役者とは、すばらしい」と、かくして大家、早速贔屓となって武助が出演する舞台小屋に出向いては、馬の足にも関わらず、「待ってました!」と大向こうから。ところが「馬に声かけるて、栗東の調教師か」…今風に言えばこんなツッコミを周囲の客から受けてしまい、大家は客席の笑いもの。馬の、しかも後ろ足役だった武助は、そんな大家を気の毒に思いながらも、感謝の気持ちいっぱいに発奮した、見事な「足」芝居は、芝居の座頭である名歌舞伎役者、『成田屋』こと九代目市川団十郎丈に大いに気に入られることとなって、武助の看板は、また一枚また一枚と上昇していき、出世街道まっしぐらへ…。芸人のサクセスストーリーを描いた一席です。

 「カーキン音頭」などの大ヒットで華々しい時代を迎えて以降の現在、菊水丸師でありながら、そのヒットに至るまでの、やはり原点をいつも思い起こさせるのがこの一編ではないでしょうか。先のトークショーでは、もず氏のリクエストで、「新聞詠み〜」デビューとなった第一号作「グリコ・森永大事件〜かい人21面相」の一節をアカペラで披露しつつ、今回公演のお開きは菊水丸師、15歳の若さゆえに荒削りながら、それでいて豪快な土着密接の口演模様、貴重な音源にて。

 90分間の公演。簡潔見事に、その30年の時間旅行を楽しませていただきました。で、肝心のさてとこの先…。演目確認のため、菊水丸師のブログを拝見すれば、感慨の一日として、これまでの数々の活動を走り書き…って、この長文…全部、携帯電話で打ち込んではるのか…驚嘆…!!。あんなにアナログ主義だったおっ師匠はんの、怒涛のデジタルライフ…その急激なる変身ぶりが同時に垣間見られます(笑)。

 ブログでは、音頭取りとしても芸道一筋、さらなる変身を遂げられてしまうのか文章を読み進めていたら、最後の数行辺りに、「もちろん、やわらかい仕事もこなしますよ☆」

 「やわらか班」な当方としては、妙に和む落ち着くホッとする…(笑)。やらかい何ぞの折にでもまた、呼んでくだはいませ!

※一座皆様のお見送りで客席を後にする段、細々と楽屋からロビーを行き交うは、菊水丸師やめぐまりこさんの先代マネジャーであった中島さん。実は10月末で福岡事務所へ人事異動と伺っていて、この日はもうお目にかかれないと思っていたら、さすが吉本、担当芸人のイベント、ケジメまでは大阪も福岡もお構いなしに、THEハタラケ興業(笑)。中島さん仲立ちの下、新マネジャーの橋本さんともご挨拶で、引継ぎ完了。元々異動の激しいことで有名な吉本の社員さん。そんななか、過去三代ものマネジャーさんを通じてお付き合いさせてもらっている芸人さんは、菊水丸師が個人的には初めて。有難いご縁を頂戴しております…感謝。
 今年の冬に続いて2度目。日にちに懐具合、また近場でしかも主宰の笑福亭鉄瓶さんの地元開催という意味では毎回注目の会ですが、今回に限っては華を添えるゲストの顔ぶれが何はおいても興味深く、笑福亭鶴瓶一門、13人の門下のうち十二番弟子の鉄瓶さんに加え、ゲストにはそのすぐ下に続く十三番目…いわゆる末っ子弟子の笑福亭瓶成(しょうふくてい・へいせい)さん。そして3年先輩にあたる林家笑丸(はやしや・えみまる)さんが華を添えます。

「第5回二上寄席」(奈良・香芝〜宝樹寺/2009年11月1日)

●「江戸荒物」/笑福亭瓶成
 上半期、ちょっとだけ世間を騒がせてしまった、鶴瓶一門の問題児(笑)。いわゆる「破門」も報じた某スポーツ新聞、つい先日、天満天神繁昌亭で催された桂あやめ師の会、トークショーコーナーに出演した翌日の見出しが「笑福亭瓶成、復帰していた!」。まるで「ジェイソンは生きていた!」(笑)。何を今さら、記事が出る随分以前から復帰が許されてこのところの落語会出演です。何よりまず復帰が叶って本当に良かったと思います。世間的にはケチはついてしまったけれど芸人的には何より勲章です。それが証拠に冒頭では鉄瓶さんから、また笑丸さんも高座で彼のしくじりをネタにしたほど(笑)。そればかりか、実はまだまだあった衝撃の破門寸前秘話を自身のマクラで笑わせて、勢い、べらんめぇ…に憧れる荒物商人の物語、本題へ突入。
 以前聴かせてもらったときよりも、かなりモノにされたというか、懸念された江戸弁の端々から漏れていた、大阪弁訛りが完全に払拭されていたと思います。いや、元々上方者の主人公ゆえ、完全な江戸弁に拘らなくても良いのかもしれませんが、素に戻ったときの大阪弁のもっちゃり感とのギャップも笑いになるので、やはり江戸弁のスピード感だけはモノにしなければ…と。痛快の調子が冴えた今回、前座として客席をぐいぐい沸かせ首尾良く次に登場、兄弟子へバトンタッチ。

●「平の蔭」/笑福亭鉄瓶
 上方でいうところの本演目、東京での名称は「手紙無筆」。実はこの日、昼間放送されていた「笑いがいちばん」(NHK/2009年11月1日放送)で、三遊亭円丈師が「無筆手紙USA」として古典を改作した新作を観てしまって、アイタタタ…!。まま、改作と古典、比べても仕方ないのですが、ツボ、ツボを外さない鉄瓶さんのを聴いていると、やっぱり、古典ってよう出来てんねやなぁと再確認。
 識字率の低い時代の噺でそういう意味ではもちろん、今どきではないんですが、やっぱり、いつの時代にも「知ったかぶり」、ごまかしゴマカシで生きてる人はいてますもんね。そんな噺の「平の蔭」を聴きながら、「知ったかぶり」といえば、「ああ、あの人や」。頭ン中に思わず、自分なりのモデルが浮かんで来るのは面白いもんです。

●「湯屋番」/林家笑丸
 本日の秀逸といっても良いでしょう。さすがキャリアが物言う、おなじみの後ろ面紙切りのマクラに始まって、若旦那の湯屋番…お風呂屋の番台ですね。女湯眺めてドキドキしながら一人で興奮、一人で芝居がかったドッタンバッタンぶりがこの上ないリズミカルさで、歌は入りませんが、まるで笑丸さんの一人ミュージカルショーな趣。
 落語初心者、「最初は誰から聴けばいいのやら?」と尋ねられたら、迷わず、笑丸さんの「湯屋番」…オススメの一本が増えました。

 
〜仲入〜


●「おごろもち盗人」/笑福亭鉄瓶
 「笑福亭」らしい、まさにお家芸に挑戦。「おごろもち」とは大阪の古い言葉で「モグラ」を意味し、要はモグラ盗人。昼間は外商の商人を装いながら、その家屋にある金品の位置を予め調べておき、夜分になると、その金品の位置する壁の外から盗人がその辺りの地面を掘り起こし本業に勤しんで。ところが目星を付けたとある長屋のその一軒、さてと仕事に取り掛かかろうと掘った穴から腕を突っ込んだらば、位置関係の計算は間違えるわ、おまけに中の住人はまだ起きてるわで、とうとう中から腕を縛られ身動きとれず。窮地の盗人、開き直って凄んでみせるも、徹底的に裏目裏目にスカされて、逆に脅されて。そうこうしてると、中の住人も「あくる日に警察に突き出すまでにそのままなっとれ。ぼちぼち夜も遅いし、もう寝よか」。かくして盗人は表の地面に突っ伏したまま、中で腕が縛られたままの、とうとう朝を迎えて、周囲には人の往来も始まって、挙句はとうとう…。
 間抜けな泥棒の噺です。間抜けなんですが、あまりにも泥棒の置かれた状況が哀れで気の毒で、悪事に対する溜飲下がる、という噺でもありません。この噺で爆笑を誘おうとするのなら、いかに突き抜けた間抜けっぷりが表現出来るか。この噺を十八番にされている演者さんは、どこか間抜け面で、けれどもその面構えは仲間であったり家族であったり、観客やファンに揉まれて得た温かみを醸し出し、存在だけでこちらの頬も緩んでしまいます。
 そういう意味では若き30代の鉄瓶さんにはまだこれからこれから。が、数々の間抜けな経験が待っているであろうこの先、40代、50代に向かっての芸人としての将来像を、この噺に掛けているのではないでしょうか。
 今回は、成長、そして円熟に向かう、その原液の原液を見せてもらったような気がします。


 それにしても毎度のことながら、鉄瓶さんにとっては地元での落語会ということで、先輩後輩関係なくその人選如何も気遣うことでしょう。一方でゲストでお越しの演者さんも、「鉄瓶の地元で恥をかかせてはならぬ」とばかりに力の入りよう。招く方に招かれる方、立場の異なるそれぞれの、しかし心意気はひとつ。近隣にお住まいの方には、ここら辺りにも温かな眼差しを向けながら次回以降もどうぞその姿を一目お確かめいただきたいと思います。
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