NOMI08

 鶴瓶 ホントは放送禁止用語なんかないんでしょ?
 上岡 それがおかしいんです。
 鶴瓶 それがおかしいんでしょ?、あ、こらエエこと言うてくれはった。
     ホンマはないんですよ。
 上岡 そうです。無いはずなんです。
 鶴瓶 無いにも関わらず、放送に規制されたものを、
     「放送禁止用語」という言い方がもう、
     差別なんじゃないんですか?
 上岡 ええそうです。
 鶴瓶 エエこと言うてくれるわ…
     いや、
      
     エエこと言うてんのは、オレなんですけどね!(笑)
 1本目のCMが明けて。

 鶴瓶 でもまぁ(番組も)10年ですよ、今年でね。
 上岡 そうなりますか。
 鶴瓶 そうなりますね。今年いろんなこと…あ、去年ですか。
     去年(96年)に言うて来たことを後でパンパンと
     流すわけです。
 上岡 そう。去年の言うて来たことだけでなくて、オンエアで
     流れなかったものも。
 鶴瓶 そうです。だからオンエアに流れなかったこと言うのも
     非常にコワイんですよ、コレ!
 上岡 そらそうですよ。
 鶴瓶 いやもう、油断して喋ってますからね。
 上岡 というよりもコッチは、オンエアやないと思う気持ちで
     喋ってる内容ですからね。
 鶴瓶 そうですよ。だからね、この番組のちょっと腑に落ちんとこはね
     僕の言う事はすべて流されるんですよ。けど、師匠はホントに
     危険な事を言うてる時がありますからね。
 上岡 いやいや言うてない。(笑)
 一足早いお正月シリーズ。今回からは関西の大晦日未明、つまり元日に日付が変わった深夜に毎年放送されていた「鶴瓶上岡パペポTV」の新春スペシャルを紹介。トークの達人・笑福亭鶴瓶と話術の名人・上岡龍太郎ががっぷり組んで、たった二人だけで奏でるまさに笑いの原点。

 正月恒例のあの方も登場し、ますます会場はヒートアップ。どこまで雰囲気が伝わりますか、とにかく今回より無謀にもトークをほぼ、完全再録でお送り致します。
 エンディングまで一気にどうぞ! 

 「冗談画報」「笑いの殿堂」などフジテレビの当時の深夜お笑い番組で大売出し中のお笑い第3世代をズラズラと並べたところで再び、ベテラン勢登場…

島田紳助
 緑の羽織をまとい用意された座布団のうえで、なんと落語を披露!…観客に拍手を持って迎えられるが、前日からの徹夜マージャンと酒がたたって、「ああ、着物の帯締められた途端、「吐きそうやわ」と真横にビニールのゲロ袋まで用意(笑)。高座の内容は、捕鯨運動が叫ばれ出した当時の時事問題を下敷きに、「クジラの密猟時代がやってくる」というほぼ漫談に近いネタでしたが、途中で何度も「シンドイわ、気分悪いわ」とこぼすうちに観客が段々と引いていき(笑)、ネタどころではなく途中で降りてしまう
 エンディングでスタジオに戻ってくるビートたけしに「紳助は笑ったな。あれは廃人かと思ったぜ!」と言われてしまう。↓
 「ええかええか」でCMでは「A師匠」と名付けられた鶴光師匠に続いて勝手に考え付いたのがこちら、「B(べぇ)師匠」

 本日12月23日、めでたく54歳のお誕生日、おめでとうございます。
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 生まれて一番最初にサインをいただいた有名人です。往年の人気ギャグで今年、この様相で、「from A」…かええのんか〜で大復活を遂げました!。
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 今年一年を振り返るブログ。

 某月某日、あれは暑い日、今年の夏。某放送局にたまたま仕事で訪れたその日は、この方もラジオのレギュラーでいらっしゃる日。そのことは既に分かっていたので、この日しかないと、当方の用事を終えたと同時に、階下のフロア、この方の元へ。
 宮川大助・花子に続いては…

松旭斎すみえ
 奇術界の華の登場。現・日本奇術協会最高顧問で、いつまでも華やかな女性奇術師の頂点。今回の放送では、手のなかから空っぽの箱のなかから、どこからともなく飛び出す花づくし。タネも仕掛けもこの際どうでもいいような、うっとりするような妙味を魅せてくれています。
 ちなみにこの、すみえ師こそ、今に続くマジックの定番、BGMの『オリーブの首飾り』を最初に使用した方。

 と、華やかな芸に続いて、またまた暑苦しいナベシマ・ヘリ中継へ。
 ますます続く演芸大行進。1988年の顔が揃います。

 明治神宮では、太平サブロー・シローの仕切りで、一般参拝客とのリンボーダンス大会(笑)。何故にリンボーダンスかといえばこの年は韓国・ソウルでアジアでは東京以来24年ぶりの夏季オリンピックが開催された年。というわけでコーナー名も「めざせ五輪」。
 晴れ着姿のお嬢さんや、ほっぺな真っ赤な子供を「田舎っぺ」、身体の硬いおじさんを「集金帰りですか?」などとサブシロコンビ、好きなようにいらっております(笑)。↓
 1988年、昭和で言えば63年のめでたい辰年の元旦を飾る演芸番組。明石家さんま永真理アナウンサーの番組タイトル、掛け声とともにスタート。

 しかしながら、カッコ良く「爆笑!…ヒットゥ パレ−!」と決めたいさんま師に対して、本職のアナウンサー「ひっとぱれーど!」。

 元旦早々、あれだけ練習したのに、スタートからコケてしまいましたですね(笑)。
 その前に、元日を彩る名物演芸番組がいかなる歴史を辿ったか、簡単におさらいを。
 
 来年で39回目を迎える、フジテレビ「初詣爆笑ヒットパレード」1968(昭和43)年にスタート。当時は1965(昭和40)年ごろより過熱していく、テレビではおそらく最初の演芸ブームの真っ只中でした。

 もういくつ寝るとお正月…。お正月までいよいよ2週間余りとなりましたが、お正月といえばお笑い番組です。来年2006年も、お笑いブーム真っ只中、数多くのお笑い番組が、今か今かと「あけましておめでとうございます!」の声を潜めながら、その出番を待っています。

 
 仁鶴  まぁ落語と言うこの芸能ですなぁ。
      約300年の歴史のあると言われてますけど、
      中国あたりには講談や漫才によく似た芸も
      ありますが、この落語の形というのは、
      世界中、見当たらないそうですね。
 志ん朝 でしょうね。
 仁鶴  ということは日本独特のもんですけど、
      これが全体で(当時)450人ほどというのが
      日本の落語家人ですわね。
 志ん朝 そう、噺家人。
 仁鶴  ほなこの、落語と言う芸はこれからどない発展
      というのか進んでいくと思われますか。
      ちょっと話、堅なって申し訳ないですけども。
 全部で40分程度のトークですが、これまでで20分ほどをまとめました…というか書き起こしただけですが。

 ちょうど中盤の折り返し地点に差し掛かってきたあたりからいよいよ本題、お互いの襲名は?…となっていくのですが、もちろん、これからのパートはその問題にも触れられております。

 しかし、前半でこれだけ様々に話題が及んだことを顧みますと、もうそれだけで済まない対談というのは自ずと想像して頂けるかと思われます。

 ただ、今回のテーマ。観客を前に行われる対談という場面を考えれば、本心としては非常に深いところにある部分を、ある程度は薄めながら伝えなければなりません。

 ご両人それぞれの苦心というか、本音でありながらも、特にこのパートは、言葉を選びながら訥々と進んでいった箇所であった、ということをご想像いただければとなと、思います。引き続きどうぞ。RAKUGO02

 東西の芸の違いという話は昔からよく聞かれることですが、名人・達人による芸の信条には、そのような違いは意識されるのでしょうか。引き続きどうぞ
 言葉を商売にするがゆえに、言葉の乱れを憂う両師匠…。東京弁、大阪弁のその違いはどこにあるのでしょうか。お互いに分析が始まります。
 引き続きお送りするのは、古今亭志ん朝笑福亭仁鶴両師によります、がっぷり四つの対談コーナー。両師の師匠はそれぞれ、五代目古今亭志ん生六代目笑福亭松鶴と、東西に地を分けたるいずれも昭和の大名人。

 というわけで、今回の対談のテーマがズバリ「松鶴・志ん生…襲名はいつ?」

 実子としての志ん朝師、筆頭弟子としての仁鶴師。それぞれを取り巻く状況を考えると、あまりにも直球なテーマ。しかし今思えば結局は志ん朝師死去をもって、ファンにとっても夢、幻となってしまった、ご両人による襲名揃い踏み。

 しかしながら、仁鶴師はもちろん健在ゆえに、ひょっとして「八代目松鶴襲名」(七代目は、この対談後に襲名が決定されつつも、果たされぬまま亡くなってしまった松葉師に追贈された)のキーワードが隠されているかもしれません…。RAKUGO10

 いずれにしても志ん朝・仁鶴、たっぷりの名に相応しい芸談の数々…。放送時間にして約35分を、そのままお送り致します。
 ドンと来いのお太鼓に乗せて、画面は名ビラと呼ばれる半紙に「たっドンと来いのお太鼓に乗せて、画面は名ビラと呼ばれる半紙に「たっぷり!志ん朝・仁鶴」寄席文字で描かれる様子。鮮やかに志ん朝仁鶴、早くも揃い踏みです。
  
 松の大木が大きく描かれた背景に、寄席風情満開に彩られたうめだ花月のステージ上を一枚の座布団。名ビラには「古今亭志ん朝」の文字…。
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いよいよ二枚看板、二人会の開演です。↓
 ここからは山崎廣明さんと大西ユカリさんの、濃密な“心の師弟関係”若宮テイ子さんがさらに鋭く迫ります。

 そして、さすがFMラジオといった感じの、音楽的な面でもディープなトークへと…。
 引き続きお楽しみ下さい。↓
 実は本日未明に飛び込んで来たビッグニュースが。

 只今お送りしております、若宮テイ子さんとのトークをお相手を務めます、同番組の月イチゲスト、大西ユカリさんと、彼女が率いるバンド「大西ユカリと新世界」が、このたび、2005(平成17)年度の、第47回日本レコード大賞において、アルバム「昭和残唱」(しょうわ・ざんしょう)が見事、企画賞を受賞されました。

 結成より5年。突き詰めて来た「歌謡曲」というジャンルにおける、偉大なる先人の紡いだ昭和の名曲、残唱(のこりうた)を、一曲一曲丹念に吟味したカヴァーアルバム。さらに各曲は、まるで「女の半生」たるテーマで、大西ユカリ責任編集として、じっくりと構成、プロデュースされ、見事な一枚の素晴らしいアルバムに仕上がっております。

 そんな意味も含めまして、昨日より続きのトークは、今回のアルバム「昭和残唱」に至るまでの、まさに歌手・大西ユカリ、音楽史を語る…その真髄に迫っていきます…。↓
 1970(昭和45)年、大阪万博が開催された年に開局したFM大阪。AM・FMに限らずその当時から「深夜はヤングの解放区」といわんばかり概念から多くの若者向け名物番組が誕生…。あれから35年、深夜という時間帯の概念も、またラジオが持つ娯楽性の概念も大きく変化した今、AM、FMを含めいち早く「大人向け」で、かつ、名曲はいつの時代を経ても名曲で在り続けるもの…さらには、老舗FMのプライドをかけて、「あの名曲をFMのステレオ音声で初めて聴いた日の思い出よ再び」…というコンセプトのもと、深夜帯のFMラジオに堂々と、歌謡曲を流してしまう番組が登場しました。

 それが「若宮テイ子のゴールデンナイトショウ」。略してゴナイショ。開始当初は平日の2曜日に放送され、今では週末、土曜の深夜の2時から5時を思いっきり昭和なテイストで駆け抜ける、おしゃべりお相手ディスクジョッキーは若宮テイ子さん。

 関西の女性ディスクジョッキー界では今や重鎮。あの漫才師であるハイヒールリンゴさんが、テイ子さんに憧れたうえで吉本興業の門を叩いたのは知る人ぞ知る話。そんな大御所にも関わらず、キャリアを感じさせない軽快なお喋りで3時間を突っ走ります。
 祝☆シャネルズ〜ラッツ&スター25周年記念…

 当ブログでも再三お送りしてまいりました、大西ユカリと新世界…そのボーカル(専属歌手)であられる、大西ユカリさんが少女時代熱狂的に心酔し、今の歌手活動へと繋がる礎とも言える「シャネルズ」から、今年で25周年を迎えました。

 というわけで、シャネルズのリーダーでもある鈴木雅之さんが、大西ユカリさんのラジオにゲスト出演されたときの対談の模様を特別完全再録にて、お送りいたします。

 四半世紀の時空を越えて、元追っかけで今、歌手としても遥か先輩を追いかける立場にあるユカリ姐さんと鈴木雅之さん…ある意味の師弟対談です。では、どうぞ…↓