「しっかり、うっかり、ちゃっかり」。これは桂三枝師を筆頭に、続く桂きん枝、桂文珍各師、つまりは五代目桂文枝一門の高弟三人をそれぞれの芸風、性格を称するいわゆるキャッチコピーのような言葉。誰が言ったか言い得て妙のそれぞれコピーも、文枝師亡き今、ちょっとした異変が起きている模様。創作落語を後世に継承し、テレビラジオの司会者としても独自の地位を確立した「しっかり」の三枝師、ご本人曰く、「いやいや、ボクが一番うっかりしてますんねん」。自他共の「ちゃっかり」ぶりが定評の文珍師も「年齢のせいか、いつまでも、ちゃっかりばかりで居られない」…など。
そんななかで、若かりしころは様々な騒動で、挙句の果てには文枝師より破門を食らってしまった、「うっかり」のきん枝師。しかしながらその人徳人望の声は後輩はもとより、「しっかり」の三枝師をしても、
「実は一番しっかり者は、きん枝ですわ」
文枝師が前名の「三代目小文枝」より襲名の際も一門の事務的な手続きから外部へのアピール広報ぶりにと裏表に東奔西走し、また、定席「天満天神繁昌亭」の開席までも、やはり同様のフットワークの軽さで兄弟子、三枝会長をサポートされてと、その評判、噂はファンの間にも漏れ伝わるところ。若いころよりマスコミで活躍されたので、その顔の広さも手伝って皆が皆、「きん枝さんが言うなら…」と、人望評判は計り知れずというわけです。
そんな矢先に、2005(平成17)年、師匠である文枝師がお亡くなりになり、肉体的、精神的支柱を失ったお弟子さんたちの心中いかばかりか。結局のところ、それぞれが師匠より叩き込まれた芸の座標へ各々が向かっていくしか他にないなかで、三枝師が、文珍師が、さらに続く一門のお弟子さんが、決意新たに。その集大成が定席誕生にもと身を結ぶことになったのですが、「うっかり」、いや昨今は「しっかり」との評判芳しいきん枝師の最近のインタビューより…
「未だに師匠が亡くなった、実感が沸いてこない」のだそう。
この言葉を聞いたとき、一番、師匠に迷惑をかけ、その分可愛がられても来たきん枝師の、らしいといえばらしいなと。しかし、師匠というある意味の親を失ったことの心根の深さを、あのきん枝師の言葉として聞かされたのは何ともしのび難い…というのがまずの感想です。
まさか今も滅入ってばかりおられるのかと思いきや、ここ最近、あちこちで、「最近、きん枝さんの落語は良いよ」という評判を良く耳にします。あれだけ顔を売りながらも、テレビなどでは滅多とお目にかかれない、「落語家・桂きん枝」の顔。耳にする評判は、いずれも繁昌亭を主とするライブを体感したお客さんの感想で、だとすればその感想は確かな評判、違いない。
師匠を失った喪失感を、確実に芸で埋めて…ということでしょうか。親離れ子離れという言葉がありますが、自ら相手より離れていくか、それとも運命も含めて相手から突き放されるのか。きん枝師は確実に後者だといえるでしょう。いや特に噺家さんは、ほとんどが後者によって、個を確立されていくのでしょう。
つまりは、これから確実に、いや必ず巡り巡ってくる落語界の「世代交替」。まさしく伝統芸能としての運命に否がおうでも晒される若手中堅陣にあって、彼らの共通の座標となるのが、これからの「落語家・桂きん枝」師であるといっても間違いないかと思われます。
そんな上々の評判を受けて、過日放送された「平成紅梅亭」(よみうりテレビ)に、きん枝師出演。HDDに録画して、DVDに落としたは落としたものの、じっくり見ようとあとで再生してみたら、「規格外エラーのため…」と再生出来ず。その後あらゆる手を尽くしたものの、そのDVDは未だに見られておりません…嗚呼…。
テレビよりもやっぱり、生の噺を聴け〜…ということでしょうか。
3月、一回はきん枝師落語、聴けたらなと。
どうでもイ〜ラストアーカイブスその169『ニッポン笑いのオールスター顔見世大集合!!』より抜粋。
♪雲と一緒にあの山越えて
行けば街道は日本晴れ
オイラ旅人、一本刀
「お控えなさんせ、お控なすって」
腕と度胸にゃ負けないけれど、
何故か女にゃちょいと弱い〜
主題歌 「てなもんや三度笠」
(香川登志緒・作詞/林伊佐緒・作曲/藤田まこと・唄)
「てなもんや三度笠」
(朝日放送/1962年5月6日〜1968年3月31日放送
/全309話/香川登志緒・作/澤田隆治・演出)
♪雲と一緒にあの山越えて行けば街道は日本晴れ
オイラ旅人、一本刀
「お控えなさんせ、お控なすって」
腕と度胸にゃ負けないけれど、
何故か女にゃちょいと弱い〜
主題歌 「てなもんや三度笠」
(香川登志緒・作詞/林伊佐緒・作曲/藤田まこと・唄)
「てなもんや三度笠」
(朝日放送/1962年5月6日〜1968年3月31日放送
/全309話/香川登志緒・作/澤田隆治・演出)
100円ショップ、好きですねん。
1000円持ってたらそらもう、大金持ちになった気分になれますが、
それでも10品に絞らなアカンとなりますと、
結局はあれやこれや店の端から端まで物色してまわる。
結局は貧乏が抜け切れへんのですが(笑)、それでも何時間でもおれますわ、
100均。
結局、今日やと思い込んでた「笑検」…というよりも、数日前より
頭ンなかのカレンダーが一日ズレててそれが証拠に、
先の金曜、「さてトコご笑納」の落書きを見てもろたら分かると思うんですが
下に書いた日付、一日早いめに書いてます。
落書きの出来あがった日付をそのまま書いたら、頭ンなかの日付時計が
一日ズレてしまったまま・・・要はこの始末。
そんなわけでまったりとした一日をダラダラ、近所の100均へ。
で、1000円分、10品限定を初めから決め込んでさぁ、物色物色ですが…
結局、へぇ、こんなもんまで売ってるかと日増しに並ぶ新商品に目を
見張ったり、おお、こんなもんも100円で?と思てよう見たら、
「525円」で売られているので、
「そらしゃあないわなぁ、ほかで買うたらもっとするからな、
DVDクリーナー…」
と一瞬は納得しながらも
「そやけど、それを100円で売るのが、店の値打ちと違うんかい!
根性が弛んどる、プロ意識が足らんのじゃボケ〜!」
と、ダイソー…やなしに、大層な怒りが込み上がっても来たり。
何もただ単に怒ってるんやないんです。
以前、商品によっては
210円であったり315円であったりする品物が出始めたころは、
「う〜ん、まぁ、しゃあないか。なっ、そら、こんなん100円で儲けろ
言うほうがオカシイわ。しゃあない、しゃあない。
他(の品物)でよう頑張ってるもん」
などと関心もしたものでしたが、やがて420円のものが出て来たり、
DVDクリーナーのような525円の品物が出て来たり、と気ィつけば
「1050円」てキミ!!
調子コイてますねん、ダイ●ーは。1050円どころか
パソコンバッグのような2100円な品物もぼつぼつ出初めたりして。
怒り…というよりも、
「そんなん違うねん、もう…とにかく違うねん。無い話やねん。
というか、アンタら100均やったん違うん?。
それも広島かどっかの地方から一生懸命成り上がって来た。
広島で成りあがり…永ちゃんやん!。永ちゃんやねんで、アンタらは!
それが全国区になったか知らんけど、それにしても2000円て!…
そら、余所に比べて安いかも知らん。
けれども、それはもう、余所に任せてたらエエやんか。
永ちゃんがロック以外の演歌でも歌たか?。ああ、歌たかもしれん、
どっかの打ち上げか何かで。けど、永ちゃんが歌以外のこと
何かしたか、エエ?」
…とよう考えんでも、ドラマにCMにと仰山出てるのである(笑)。
とにかく、贔屓の100均が段々と手元から段々と離れていくようで、
これは怒りというよりも、一抹の寂しさなのでございます。
これでエエのか、ダイソーよ!。そんなことよりワシャ、手元に
1050円しか無いねんぞ!(そらお前が悪い 笑)
そんななかで100(105)円の商品をチマチマ10品目選ぶべくの
物色も、それはそれで楽しい(何じゃそら!)
で、結局、何を買うたかと言いますと、
24色入りおえかきペン・・・
て、1品だけかい!(笑)
ケチくさいようですが、物色に物色を重ね、結局1品しか選ばなかった
奥ゆかしさというか、数多の商品からただの1品を選び出した眼力というか
因縁というか、とにかくそこを汲み取ってください。
けど、この24色ペンは侮れへんのです。この24色ペンによって
いかにその落書きが紡がれてきたか。あれもこれもそれもみ〜んな、
24色おえかきペン…105円!。105円で24色ですよ。
こんなもん余所ではありえへんでしょ。それをあり得るようにしたのが、
そもそもダイソーのダイソーたる所以。まさに「ザ・ダイソー」、
ここにありやったんと違いますか、ええ、皆さん?(笑)
残りの900円分も、ああ、買物しましたよ。奮発しましたよ(笑)。
何を買いましたかと言いますと、隣の文房具屋、
やはり105円で売っておりました水性ペンを9本(写真はうち4本)
何でこんなペンを9本も買いだめたかといいますと、このペンが
無いと、やはりこれまでの落書きの数々をご覧に入れることが出来なかった。
他のペンでは絶対、納得のいく描き上がりに自信が持てない…もう、
これがないと、今後の一攫千金(笑)もありえないといっても過言ではない
大事な大事なまずありきの、「uni PROCKEY」なのでございます。
これに匹敵する水性ペン、実はダイソーに置いてない。
ダイソーにも105円でペンは売ってますが、ああ、筆先の筆圧の、
まさにコレっちゅうのが売ってません。
それを思ただけでまたもう、ムカムカフツフツ…
2100円のモン置くぐらいやったら、「PROCKEY」20本置いとけ〜!(笑)
「PROCKEY」やったら20本ぐらいスグにでも買うたら〜!
誠に描き味抜群の我が「相棒」とともに紡がれる、明日以降の落書きショウにどうぞご期待ご声援のほどを…て、結局、何が言いたかったんや?(笑)
1000円持ってたらそらもう、大金持ちになった気分になれますが、
それでも10品に絞らなアカンとなりますと、
結局はあれやこれや店の端から端まで物色してまわる。
結局は貧乏が抜け切れへんのですが(笑)、それでも何時間でもおれますわ、
100均。
結局、今日やと思い込んでた「笑検」…というよりも、数日前より
頭ンなかのカレンダーが一日ズレててそれが証拠に、
先の金曜、「さてトコご笑納」の落書きを見てもろたら分かると思うんですが
下に書いた日付、一日早いめに書いてます。
落書きの出来あがった日付をそのまま書いたら、頭ンなかの日付時計が
一日ズレてしまったまま・・・要はこの始末。
そんなわけでまったりとした一日をダラダラ、近所の100均へ。
で、1000円分、10品限定を初めから決め込んでさぁ、物色物色ですが…
結局、へぇ、こんなもんまで売ってるかと日増しに並ぶ新商品に目を
見張ったり、おお、こんなもんも100円で?と思てよう見たら、
「525円」で売られているので、
「そらしゃあないわなぁ、ほかで買うたらもっとするからな、
DVDクリーナー…」
と一瞬は納得しながらも
「そやけど、それを100円で売るのが、店の値打ちと違うんかい!
根性が弛んどる、プロ意識が足らんのじゃボケ〜!」
と、ダイソー…やなしに、大層な怒りが込み上がっても来たり。
何もただ単に怒ってるんやないんです。
以前、商品によっては
210円であったり315円であったりする品物が出始めたころは、
「う〜ん、まぁ、しゃあないか。なっ、そら、こんなん100円で儲けろ
言うほうがオカシイわ。しゃあない、しゃあない。
他(の品物)でよう頑張ってるもん」
などと関心もしたものでしたが、やがて420円のものが出て来たり、
DVDクリーナーのような525円の品物が出て来たり、と気ィつけば
「1050円」てキミ!!
調子コイてますねん、ダイ●ーは。1050円どころか
パソコンバッグのような2100円な品物もぼつぼつ出初めたりして。
怒り…というよりも、
「そんなん違うねん、もう…とにかく違うねん。無い話やねん。
というか、アンタら100均やったん違うん?。
それも広島かどっかの地方から一生懸命成り上がって来た。
広島で成りあがり…永ちゃんやん!。永ちゃんやねんで、アンタらは!
それが全国区になったか知らんけど、それにしても2000円て!…
そら、余所に比べて安いかも知らん。
けれども、それはもう、余所に任せてたらエエやんか。
永ちゃんがロック以外の演歌でも歌たか?。ああ、歌たかもしれん、
どっかの打ち上げか何かで。けど、永ちゃんが歌以外のこと
何かしたか、エエ?」
…とよう考えんでも、ドラマにCMにと仰山出てるのである(笑)。
とにかく、贔屓の100均が段々と手元から段々と離れていくようで、
これは怒りというよりも、一抹の寂しさなのでございます。
これでエエのか、ダイソーよ!。そんなことよりワシャ、手元に
1050円しか無いねんぞ!(そらお前が悪い 笑)
そんななかで100(105)円の商品をチマチマ10品目選ぶべくの
物色も、それはそれで楽しい(何じゃそら!)
で、結局、何を買うたかと言いますと、
24色入りおえかきペン・・・
て、1品だけかい!(笑)
ケチくさいようですが、物色に物色を重ね、結局1品しか選ばなかった
奥ゆかしさというか、数多の商品からただの1品を選び出した眼力というか
因縁というか、とにかくそこを汲み取ってください。
けど、この24色ペンは侮れへんのです。この24色ペンによって
いかにその落書きが紡がれてきたか。あれもこれもそれもみ〜んな、
24色おえかきペン…105円!。105円で24色ですよ。
こんなもん余所ではありえへんでしょ。それをあり得るようにしたのが、
そもそもダイソーのダイソーたる所以。まさに「ザ・ダイソー」、
ここにありやったんと違いますか、ええ、皆さん?(笑)
残りの900円分も、ああ、買物しましたよ。奮発しましたよ(笑)。
何を買いましたかと言いますと、隣の文房具屋、
やはり105円で売っておりました水性ペンを9本(写真はうち4本)
何でこんなペンを9本も買いだめたかといいますと、このペンが無いと、やはりこれまでの落書きの数々をご覧に入れることが出来なかった。
他のペンでは絶対、納得のいく描き上がりに自信が持てない…もう、
これがないと、今後の一攫千金(笑)もありえないといっても過言ではない
大事な大事なまずありきの、「uni PROCKEY」なのでございます。
これに匹敵する水性ペン、実はダイソーに置いてない。
ダイソーにも105円でペンは売ってますが、ああ、筆先の筆圧の、
まさにコレっちゅうのが売ってません。
それを思ただけでまたもう、ムカムカフツフツ…
2100円のモン置くぐらいやったら、「PROCKEY」20本置いとけ〜!(笑)
「PROCKEY」やったら20本ぐらいスグにでも買うたら〜!
誠に描き味抜群の我が「相棒」とともに紡がれる、明日以降の落書きショウにどうぞご期待ご声援のほどを…て、結局、何が言いたかったんや?(笑)
上方演芸クイズ。日がな一日、本ばかりを読み漁り、さぁ明日本番とふとハガキを見ると、呆れたというか何というか、開催日…2月24日…今日でしたわ、笑検(笑)。
勝手に日曜日、日曜日ということだけが頭にあって、肝心の日にちが飛んでしもてました。
整理券のハガキも古新聞に埋もれてたぐらいなので、結局ハナから縁が無かったんですね(笑)。
さて、明日一日の、どないして時間をつぶそうか…。
勝手に日曜日、日曜日ということだけが頭にあって、肝心の日にちが飛んでしもてました。
整理券のハガキも古新聞に埋もれてたぐらいなので、結局ハナから縁が無かったんですね(笑)。
さて、明日一日の、どないして時間をつぶそうか…。
「さてはトコトン菊水丸」(MBSラジオ/2007年2月22日放送)、『トコトン生ゲスト』は元朝日放送の演出家で現在はメディアプロデューサーとしてもご活躍の澤田隆治氏のご来場。
ラジオ、テレビ、そして現在も舞台演出、そして過去のソフトを発掘し現在風にパッケージして再び世に送り出す、すなわちメディアにおける芸の伝承をプロデュースと精力的な活動は今もなお衰えず。
朝日放送時代は、開局間もないラジオにおいて、メディアにおいても全盛であった東京落語の一方で、衰退の一途を辿った上方落語の発掘にと、存命にあった二代目桂春団治(現在の春団治師の師匠で実父)の話芸を音源に残し、これを「春団治十三夜」として連日放送。これがキッカケに上方落語、再評価の機運が高まり、同局は1955(昭和30)年、「上方落語をきく会」を発足。現在に続く名物落語会の礎を築かれました。
この数年後、朝日放送は、ラジオ単営時代の毎日放送と共同出資し「大阪テレビ」(ch6)というテレビ局を開局(後にこの局は今の朝日放送テレビとなり、毎日放送テレビは1959年開局へ)。このとき、ラジオ時代のソフトをテレビ化にシフトし、ここに飛び出したのが、中田ダイマル・ラケット主演の「びっくり捕物帳」(1957〜1959年、共演・…森光子、藤田まこと)、ミヤコ蝶々主演の「スチャラカ社員」(1961〜1963年、共演…横山エンタツ、中田ダイマル・ラケット、南都雄二、川上のぼる、笑福亭松之助、長谷百合、藤純子ほか)。前者はスタジオ収録形式の時代劇コメディ、後者はスタジオ形式をさらに発展させた公開収録形式の現代サラリーマン喜劇で、これらの経験を総合させ、また前2作では二番手三番手にあった若手コメディアン、藤田まこと、白木みのるのご両人を主演にと起用して世に放たれたのが、伝説の名作「てなもんや三度笠」(1962〜1968年)でした。
演出には澤田氏、脚本には香川登枝緒氏と、「スチャラカ〜」以来のゴールデンコンビが担当。この二人三脚によって産み出されたキャラクター、出演者の錚々たる顔ぶれで、『あんかけの時次郎』の親分役を演じた伴淳三郎、数シリーズを要したそれぞれのレギュラー陣に、南利明、てんぷくトリオ(三波伸介、戸塚睦夫、伊東四朗)、京唄子・鳳啓助、そして当時は吉本新喜劇に所属、素浪人『蛇口一角』の怪演で全国区の人気者へと踊り出た財津一郎などなど、東西の新旧コメディアンに、島倉千代子、水原弘、水前寺清子、山本リンダ、ザ・タイガースなどなど歌謡界、さらには里見浩太朗、鶴田浩二、高田浩吉といった銀幕のスターも続々とゲスト出演と大型番組に成長。その結果が最高視聴率64.8%(関西地区、関東最高…42.8%/ニールセン調べ)という国民的番組へと成長したのでした。
放送時間は、高度経済成長の煽りでレジャーブームとなった日曜日、休日の夕暮れ(夜6時00分〜6時30分)。当初懸念された視聴率も「夕方の(レジャー帰りの)ターミナルが帰宅客でごった返した」(番組での澤田氏談)という現象を起こすまでの人気過熱。さらに最高視聴率を達成した日は「天気は雨でした。この天気ではどこへも出かけられないので今週こそ(それまで40〜50%が常時だった視聴率も)60%を越える」(同)…その予想が見事、的中したそうです。
さしても高視聴率で長寿を保った人気シリーズ、後期には、後の昭和40年〜50年代の笑いの王者へと君臨していくこととなる、ザ・ドリフターズ、コント55号、横山やすし・西川きよしといった当時の最若手陣がそれぞれ、顔を揃えています。
1968(昭和43)年に「てなもんや三度笠」が終了し、同時間帯では「てなもんや二刀流」、「てなもんや一本槍」が1971年(昭和46)年まで続くシリーズに。そんな人気を脅かしたのは、番組に後期に飛び出した新世代の面々たちで、1969(昭和44)年には、やはりこちらも今は伝説の番組として記憶に残る、あの「ヤングおー!おー!」(毎日放送/〜1982年)が裏番組にと登場。レギュラーで若手だった笑福亭仁鶴、桂三枝、月亭可朝の各師は『上方落語三羽烏』として若者たちの絶大な支持を集めていき、テレビ界はコメディからバラエティ番組の時代へと移行していきます。
そんななかで澤田氏が仕掛けたのは、新世代の面々を競わせて続々と新しいタイプのバラエティ番組、若者向け視聴者参加番組でした。まず登場したのは、ラジオの深夜番組で頭角を表しつつあった笑福亭仁鶴師を起用した平日夕方の帯番組「仁鶴とあそぼう!」(1969〜1971年)。仁鶴師、最初のテレビレギュラー番組にして爆発的人気を掴むこととなった番組は、ここにやすし・きよし(後に月亭八方)を加えての「ただいま恋愛中」(1970〜1977年)へと発展。恋愛中の若者をトークで良い意味で茶化したやり取りが大ウケし、さらにこの若者が結婚したら…と想定して制作されたのがこれに続く可朝、三枝司会で「新婚さんいらっしゃい!」(1971年〜)。今で言うところの“スピンオフ”というもので、ひとつの番組をキッカケにさらに続く人気番組が続々誕生していくこととなります。
ちなみに、直接の澤田氏作品ではありませんが、恋愛中の若者を引き合わせるお見合い番組を、として企画されたのが、やすきよ司会の「プロポーズ大作戦」(1973〜1985年)であり、横山ノック・上岡龍太郎ほか司会の「ラブアタック!」(1976〜1984年)。そんな若者が新婚を経てやがて年輪を重ねると、既に人気番組にあった「蝶々・雄二の夫婦善哉」(1955〜1975年)もまだ健在で、当時の朝日放送は、各世代に見合った視聴者参加番組をすべて網羅した編成が完成したのでした。
世代交替が繰り広げられたお笑い界において、注目すべきは澤田氏の仕事、ベテラン喜劇陣へも注がれた情熱。1969年、翌年開催の大阪万博の集客を見込んで開業された大阪、ホテルプラザ。その23階で新しいタイプのワイドショー、「サテスタ23」という番組が誕生します。司会には、映画界からテレビ界へと活躍の場をシフトし始めた俳優の田宮二郎氏に、若手アシスタントとして起用された桂三枝師。この番組ではその企画の一本として、戦前からの喜劇王、エノケンこと榎本健一氏の『誕生日パーティ』が催されました。ゲストは他に、遥か後輩にあたる新しき喜劇王、藤田まこと氏。一緒にエノケンの名曲「月光値千金」を歌っているVTRが現存します。
エノケンへのバースデーケーキを運んでくるのは若き日の三枝師。そんなアシスタントぶりも貴重ながら、新旧の喜劇陣が揃ってのこの企画は、「生まれて初めてだよ、こんなに誕生日を祝ってもらったのは」と、エノケン自身にも感激をもたらした好企画となりました。結局は、この翌年にエノケンは亡くなってしまい、つまりは生涯で最初で最後のエノケン誕生日会は、澤田氏の企画によるところ。別の意味でも偉業ともいえる作品がこの番組だったのです。
そうこうしながら、演芸界地図は紆余曲折を経て、昭和50年代を迎えます。また澤田氏も朝日放送から独立し、東京で制作プロダクションを興し、変化を来たした演芸地図を全国ネットに乗せた企画が「花王名人劇場」(関西テレビ/1979〜1990年)、1980年代空前の漫才ブームを生み出し、また同じ枠からは、芦屋雁之助主演のコメディ『裸の大将放浪記』(ゲスト…森繁久彌、芦屋小雁ほか)が人気ドラマシリーズと発展します。
今回の「さてトコ」、語られたエピソードは、「てなもんや」時代を中心にほぼここまで。
当時、困難を極めた映像保存。それでも保存に尽力を注いだ「てなもんや」の映像は一部を除いて、VTR再生ハードが現存しない今は、ほかにも膨大な記録を残しながらも、未だに澤田コレクションの倉庫で眠ったままだとか。「てなもんや」に限らず、やはりハードの問題で昭和30〜50年代の名人芸の映像、音源ソフトは放送…つまりは「送りっ放し」というメディアの運命のまま葬り去れてしまったなかで、それでも各地に点在する個人コレクションを探り当て、澤田氏は一軒一軒辿りながら、ダビング、保存に精力を傾けられているのだそうです。折角の記録が、個人コレクションでは勿体無いと、埋もれた過去の芸を後の芸能関係者への伝承を使命とし、また各ソフトは、高齢化社会の今では懐かしの「癒し系ソフト」として重宝されるのだとか。
コレクターにとって、個人所有こそがマニアの醍醐味なのは気持ちも分かるのですが、残された記憶は内容が内容だけに、必ず、後の大衆芸能文化の発展、継承にと役立つのも間違いないこと。出来るだけ多くのコレクションが澤田氏のゴッドハンドによって広く知れ渡ることを期待しております。
そんなコレクション発掘も、
「現役でないと出来ないよ。この業界を引退してしまったら、何者だアノ人?って相手にされませんからね。だから今も現役にしがみついているんですよ」
別の意味での、執念を改めて知らされた思いの今回の澤田氏ご出演。後世への語り部として、また再び、番組にご登場されることを、演芸ファンとしても切にお願いする次第でございます。
というわけで、今回のご笑納は澤田氏が歴代手掛けてこられた人気番組、その出演者がオールスター勢揃い大集合。しかしながら周囲も然ることながら、当の澤田氏の似顔絵が一番自信がないのもご愛嬌(笑)。これも資料不足致すところ。微塵ながらも資料保存…これは私め、ただいまの第一義にございます。
ラジオ、テレビ、そして現在も舞台演出、そして過去のソフトを発掘し現在風にパッケージして再び世に送り出す、すなわちメディアにおける芸の伝承をプロデュースと精力的な活動は今もなお衰えず。朝日放送時代は、開局間もないラジオにおいて、メディアにおいても全盛であった東京落語の一方で、衰退の一途を辿った上方落語の発掘にと、存命にあった二代目桂春団治(現在の春団治師の師匠で実父)の話芸を音源に残し、これを「春団治十三夜」として連日放送。これがキッカケに上方落語、再評価の機運が高まり、同局は1955(昭和30)年、「上方落語をきく会」を発足。現在に続く名物落語会の礎を築かれました。
この数年後、朝日放送は、ラジオ単営時代の毎日放送と共同出資し「大阪テレビ」(ch6)というテレビ局を開局(後にこの局は今の朝日放送テレビとなり、毎日放送テレビは1959年開局へ)。このとき、ラジオ時代のソフトをテレビ化にシフトし、ここに飛び出したのが、中田ダイマル・ラケット主演の「びっくり捕物帳」(1957〜1959年、共演・…森光子、藤田まこと)、ミヤコ蝶々主演の「スチャラカ社員」(1961〜1963年、共演…横山エンタツ、中田ダイマル・ラケット、南都雄二、川上のぼる、笑福亭松之助、長谷百合、藤純子ほか)。前者はスタジオ収録形式の時代劇コメディ、後者はスタジオ形式をさらに発展させた公開収録形式の現代サラリーマン喜劇で、これらの経験を総合させ、また前2作では二番手三番手にあった若手コメディアン、藤田まこと、白木みのるのご両人を主演にと起用して世に放たれたのが、伝説の名作「てなもんや三度笠」(1962〜1968年)でした。
演出には澤田氏、脚本には香川登枝緒氏と、「スチャラカ〜」以来のゴールデンコンビが担当。この二人三脚によって産み出されたキャラクター、出演者の錚々たる顔ぶれで、『あんかけの時次郎』の親分役を演じた伴淳三郎、数シリーズを要したそれぞれのレギュラー陣に、南利明、てんぷくトリオ(三波伸介、戸塚睦夫、伊東四朗)、京唄子・鳳啓助、そして当時は吉本新喜劇に所属、素浪人『蛇口一角』の怪演で全国区の人気者へと踊り出た財津一郎などなど、東西の新旧コメディアンに、島倉千代子、水原弘、水前寺清子、山本リンダ、ザ・タイガースなどなど歌謡界、さらには里見浩太朗、鶴田浩二、高田浩吉といった銀幕のスターも続々とゲスト出演と大型番組に成長。その結果が最高視聴率64.8%(関西地区、関東最高…42.8%/ニールセン調べ)という国民的番組へと成長したのでした。
放送時間は、高度経済成長の煽りでレジャーブームとなった日曜日、休日の夕暮れ(夜6時00分〜6時30分)。当初懸念された視聴率も「夕方の(レジャー帰りの)ターミナルが帰宅客でごった返した」(番組での澤田氏談)という現象を起こすまでの人気過熱。さらに最高視聴率を達成した日は「天気は雨でした。この天気ではどこへも出かけられないので今週こそ(それまで40〜50%が常時だった視聴率も)60%を越える」(同)…その予想が見事、的中したそうです。
さしても高視聴率で長寿を保った人気シリーズ、後期には、後の昭和40年〜50年代の笑いの王者へと君臨していくこととなる、ザ・ドリフターズ、コント55号、横山やすし・西川きよしといった当時の最若手陣がそれぞれ、顔を揃えています。
1968(昭和43)年に「てなもんや三度笠」が終了し、同時間帯では「てなもんや二刀流」、「てなもんや一本槍」が1971年(昭和46)年まで続くシリーズに。そんな人気を脅かしたのは、番組に後期に飛び出した新世代の面々たちで、1969(昭和44)年には、やはりこちらも今は伝説の番組として記憶に残る、あの「ヤングおー!おー!」(毎日放送/〜1982年)が裏番組にと登場。レギュラーで若手だった笑福亭仁鶴、桂三枝、月亭可朝の各師は『上方落語三羽烏』として若者たちの絶大な支持を集めていき、テレビ界はコメディからバラエティ番組の時代へと移行していきます。
そんななかで澤田氏が仕掛けたのは、新世代の面々を競わせて続々と新しいタイプのバラエティ番組、若者向け視聴者参加番組でした。まず登場したのは、ラジオの深夜番組で頭角を表しつつあった笑福亭仁鶴師を起用した平日夕方の帯番組「仁鶴とあそぼう!」(1969〜1971年)。仁鶴師、最初のテレビレギュラー番組にして爆発的人気を掴むこととなった番組は、ここにやすし・きよし(後に月亭八方)を加えての「ただいま恋愛中」(1970〜1977年)へと発展。恋愛中の若者をトークで良い意味で茶化したやり取りが大ウケし、さらにこの若者が結婚したら…と想定して制作されたのがこれに続く可朝、三枝司会で「新婚さんいらっしゃい!」(1971年〜)。今で言うところの“スピンオフ”というもので、ひとつの番組をキッカケにさらに続く人気番組が続々誕生していくこととなります。
ちなみに、直接の澤田氏作品ではありませんが、恋愛中の若者を引き合わせるお見合い番組を、として企画されたのが、やすきよ司会の「プロポーズ大作戦」(1973〜1985年)であり、横山ノック・上岡龍太郎ほか司会の「ラブアタック!」(1976〜1984年)。そんな若者が新婚を経てやがて年輪を重ねると、既に人気番組にあった「蝶々・雄二の夫婦善哉」(1955〜1975年)もまだ健在で、当時の朝日放送は、各世代に見合った視聴者参加番組をすべて網羅した編成が完成したのでした。
世代交替が繰り広げられたお笑い界において、注目すべきは澤田氏の仕事、ベテラン喜劇陣へも注がれた情熱。1969年、翌年開催の大阪万博の集客を見込んで開業された大阪、ホテルプラザ。その23階で新しいタイプのワイドショー、「サテスタ23」という番組が誕生します。司会には、映画界からテレビ界へと活躍の場をシフトし始めた俳優の田宮二郎氏に、若手アシスタントとして起用された桂三枝師。この番組ではその企画の一本として、戦前からの喜劇王、エノケンこと榎本健一氏の『誕生日パーティ』が催されました。ゲストは他に、遥か後輩にあたる新しき喜劇王、藤田まこと氏。一緒にエノケンの名曲「月光値千金」を歌っているVTRが現存します。
エノケンへのバースデーケーキを運んでくるのは若き日の三枝師。そんなアシスタントぶりも貴重ながら、新旧の喜劇陣が揃ってのこの企画は、「生まれて初めてだよ、こんなに誕生日を祝ってもらったのは」と、エノケン自身にも感激をもたらした好企画となりました。結局は、この翌年にエノケンは亡くなってしまい、つまりは生涯で最初で最後のエノケン誕生日会は、澤田氏の企画によるところ。別の意味でも偉業ともいえる作品がこの番組だったのです。
そうこうしながら、演芸界地図は紆余曲折を経て、昭和50年代を迎えます。また澤田氏も朝日放送から独立し、東京で制作プロダクションを興し、変化を来たした演芸地図を全国ネットに乗せた企画が「花王名人劇場」(関西テレビ/1979〜1990年)、1980年代空前の漫才ブームを生み出し、また同じ枠からは、芦屋雁之助主演のコメディ『裸の大将放浪記』(ゲスト…森繁久彌、芦屋小雁ほか)が人気ドラマシリーズと発展します。
今回の「さてトコ」、語られたエピソードは、「てなもんや」時代を中心にほぼここまで。
当時、困難を極めた映像保存。それでも保存に尽力を注いだ「てなもんや」の映像は一部を除いて、VTR再生ハードが現存しない今は、ほかにも膨大な記録を残しながらも、未だに澤田コレクションの倉庫で眠ったままだとか。「てなもんや」に限らず、やはりハードの問題で昭和30〜50年代の名人芸の映像、音源ソフトは放送…つまりは「送りっ放し」というメディアの運命のまま葬り去れてしまったなかで、それでも各地に点在する個人コレクションを探り当て、澤田氏は一軒一軒辿りながら、ダビング、保存に精力を傾けられているのだそうです。折角の記録が、個人コレクションでは勿体無いと、埋もれた過去の芸を後の芸能関係者への伝承を使命とし、また各ソフトは、高齢化社会の今では懐かしの「癒し系ソフト」として重宝されるのだとか。
コレクターにとって、個人所有こそがマニアの醍醐味なのは気持ちも分かるのですが、残された記憶は内容が内容だけに、必ず、後の大衆芸能文化の発展、継承にと役立つのも間違いないこと。出来るだけ多くのコレクションが澤田氏のゴッドハンドによって広く知れ渡ることを期待しております。
そんなコレクション発掘も、
「現役でないと出来ないよ。この業界を引退してしまったら、何者だアノ人?って相手にされませんからね。だから今も現役にしがみついているんですよ」
別の意味での、執念を改めて知らされた思いの今回の澤田氏ご出演。後世への語り部として、また再び、番組にご登場されることを、演芸ファンとしても切にお願いする次第でございます。
というわけで、今回のご笑納は澤田氏が歴代手掛けてこられた人気番組、その出演者がオールスター勢揃い大集合。しかしながら周囲も然ることながら、当の澤田氏の似顔絵が一番自信がないのもご愛嬌(笑)。これも資料不足致すところ。微塵ながらも資料保存…これは私め、ただいまの第一義にございます。
大相撲大阪場所間近。開催期間中、大阪まで出向いた際は近鉄沿線、上本町駅辺りより徐々にお相撲さんとすれ違うことが多くなり、難波のプリッツ…いや、府立体育館まで足を伸ばすと、その機会は、特に明日を担う若い相撲取り衆の団体衆が雪駄の音をカラカラ奏でながら、鬢付けのほろ良い香りを漂わせ、思わず「ガンバレ!」と密かに声援を送りたくもなります。また、我が家の近所にも、元寺尾関、現在の錣山親方の一門、その部屋の宿舎が数年前より出来あがっており、その時期はやはり力士の卵たちを見かける機会も増えます。
そういう意味でも春場所は、陽気の明るさも加えて、何となく気もそぞろとウキウキさせてくれるので、今から待ち遠しくさえ思うのです。
そんななかでフロッピーディスク(何か古いですな! 笑)をゴソゴソしていたら、ああ、こんなところに保存してたのか…昨夏の「オーサカキング」開催の際にご笑納差し上げた「さてはトコトン菊水丸」ブースの『トコトン紙相撲』、その下絵が。『菊桜』(河内家菊水丸師)、『焦之夏』(和泉夏子さん)、『牛若丸』(河内家牛若丸さん)、そして石田雄一党首の『母乳山』。
似せる云々よりも、それぞれ異なるお顔の輪郭を、予め用意されていた形紙にそぐわせるのに苦労したのを思い出しました。また、それぞれの“力士”、左右で表情が異なるのは、左右対象の同じ絵として二度も上手く描くことが出来ないので、かようの手段をとらせていただきました。そのためわざわざ、「こんな表情の写真を送って頂けませんか」とこちらのリクエストに、無理を訊いていただきました。
要は「『焦げちゃう』な表情」の写真を仕事にかこつけて手に入れたかっただけのことでして…て、いらんこと言わしな!(笑)
お写真はもちろん、殿堂入りでございます。
そういう意味でも春場所は、陽気の明るさも加えて、何となく気もそぞろとウキウキさせてくれるので、今から待ち遠しくさえ思うのです。
そんななかでフロッピーディスク(何か古いですな! 笑)をゴソゴソしていたら、ああ、こんなところに保存してたのか…昨夏の「オーサカキング」開催の際にご笑納差し上げた「さてはトコトン菊水丸」ブースの『トコトン紙相撲』、その下絵が。『菊桜』(河内家菊水丸師)、『焦之夏』(和泉夏子さん)、『牛若丸』(河内家牛若丸さん)、そして石田雄一党首の『母乳山』。似せる云々よりも、それぞれ異なるお顔の輪郭を、予め用意されていた形紙にそぐわせるのに苦労したのを思い出しました。また、それぞれの“力士”、左右で表情が異なるのは、左右対象の同じ絵として二度も上手く描くことが出来ないので、かようの手段をとらせていただきました。そのためわざわざ、「こんな表情の写真を送って頂けませんか」とこちらのリクエストに、無理を訊いていただきました。
要は「『焦げちゃう』な表情」の写真を仕事にかこつけて手に入れたかっただけのことでして…て、いらんこと言わしな!(笑)
お写真はもちろん、殿堂入りでございます。
先日の「落書き」、『人気番組手書きタイトル』。折角なのでその番組にまつわる出演者の方々の落書きも。
今回は「新婚さんらいっしゃい!」(朝日放送/毎週日曜昼0時55分〜1時25分放送)。司会の桂三枝師自身が「ライフワーク」だとも言いきる、番組開始から今年で37年目。テレビ55年の歴史からしても、「37年目」という数字だけでもその人気の維持ぶりに目を見張るものがあり、また同一人物が務める週一のレギュラー番組のこの数字は、世界中を見渡してもその例がないそうです。毎週2組の新婚さんが出場、年間50本の番組としても100組×満36年で、ざっと3600通りの新婚さんのエピソードを引き出した計算となります。また、番組のなかの名物、例の椅子コケも番組中1回披露したとしても単純計算1800コケ!。そんな長寿番組には、先週の放送(2007年2月18日放送)では、奥さんの両親が過去の出場者、つまり親子2代に渡って同番組に出場を果たしたことになったという、まさに長寿番組ならでは。
そんな「新婚さん〜」も1971(昭和46)年1月31日放送開始、初回の時点では3人司会で、メインには月亭可朝師、アシスタントには当時の西野バレエ団の人気アイドル、江美早苗さん、そして三枝師はサブ司会として両者に引っ張られる形のまだまだ若手でした。この初回のVTRは現存していて、ある番組で紹介されたのですが、VTR再生、当時のオープニングでは、
「まだまだ未経験ですが頑張ります。コンパニオンの桂三枝です」と自己紹介。未経験とはこのときまだ独身で、また、コンパニオンというのはその前年に開催された大阪万博の残り香が感じられて、時代を感じさせます。
なお、メインの可朝師がこの年の参議院選出馬のために2ヵ月で番組を降板。ここから三枝師と江美さんのコンビ制となって(7月まで)現在の形に。
少しだけ初回の、新婚さんを招いたトークの場面も流れましたが、可朝師、三枝師、それぞれに異なる芸風に話術なだけに、可朝師主導ペースに若手の三枝師が果敢と割り込んでいく姿が初々しく、またアシスタントの江美早苗さんは関西弁(以降、歴代アシスタントでは唯一)でほんわかとしたムードで色を添えられていたのが印象的でした。
また、後の名物コーナーである『ペアマッチ』も既に初回から存在しており、改めて現在の「新婚さん〜」に老舗の妙味が溢れています。そういえば先述の「親子2代の新婚さん」、奥さん…
「ウチのお母さんが今も番組を見とって、『私らが番組に出たときと比べて三枝さん、椅子のコケ方にもキレがなくなったなぁ〜』言うてます」(笑)。
これにはプ〜ッと吹き出しながらも「お母さんのダメ出しですか?」と三枝師、続けて、
「年齢からしてそら、キレも無くなったかもしれへんけど、その分は『味』でカバーして…」
とゆったり椅子から転げ落ちて(笑)。
生まれては消え、消えては生まれ…なかにはワケの分からぬ捏造云々諸問題で葬られて行く番組もあるなかで、日増し年増しにカバーされていくこの日曜お昼の名物の『味』は、とても貴重なのです。
今回は「新婚さんらいっしゃい!」(朝日放送/毎週日曜昼0時55分〜1時25分放送)。司会の桂三枝師自身が「ライフワーク」だとも言いきる、番組開始から今年で37年目。テレビ55年の歴史からしても、「37年目」という数字だけでもその人気の維持ぶりに目を見張るものがあり、また同一人物が務める週一のレギュラー番組のこの数字は、世界中を見渡してもその例がないそうです。毎週2組の新婚さんが出場、年間50本の番組としても100組×満36年で、ざっと3600通りの新婚さんのエピソードを引き出した計算となります。また、番組のなかの名物、例の椅子コケも番組中1回披露したとしても単純計算1800コケ!。そんな長寿番組には、先週の放送(2007年2月18日放送)では、奥さんの両親が過去の出場者、つまり親子2代に渡って同番組に出場を果たしたことになったという、まさに長寿番組ならでは。そんな「新婚さん〜」も1971(昭和46)年1月31日放送開始、初回の時点では3人司会で、メインには月亭可朝師、アシスタントには当時の西野バレエ団の人気アイドル、江美早苗さん、そして三枝師はサブ司会として両者に引っ張られる形のまだまだ若手でした。この初回のVTRは現存していて、ある番組で紹介されたのですが、VTR再生、当時のオープニングでは、
「まだまだ未経験ですが頑張ります。コンパニオンの桂三枝です」と自己紹介。未経験とはこのときまだ独身で、また、コンパニオンというのはその前年に開催された大阪万博の残り香が感じられて、時代を感じさせます。
なお、メインの可朝師がこの年の参議院選出馬のために2ヵ月で番組を降板。ここから三枝師と江美さんのコンビ制となって(7月まで)現在の形に。
少しだけ初回の、新婚さんを招いたトークの場面も流れましたが、可朝師、三枝師、それぞれに異なる芸風に話術なだけに、可朝師主導ペースに若手の三枝師が果敢と割り込んでいく姿が初々しく、またアシスタントの江美早苗さんは関西弁(以降、歴代アシスタントでは唯一)でほんわかとしたムードで色を添えられていたのが印象的でした。
また、後の名物コーナーである『ペアマッチ』も既に初回から存在しており、改めて現在の「新婚さん〜」に老舗の妙味が溢れています。そういえば先述の「親子2代の新婚さん」、奥さん…
「ウチのお母さんが今も番組を見とって、『私らが番組に出たときと比べて三枝さん、椅子のコケ方にもキレがなくなったなぁ〜』言うてます」(笑)。
これにはプ〜ッと吹き出しながらも「お母さんのダメ出しですか?」と三枝師、続けて、
「年齢からしてそら、キレも無くなったかもしれへんけど、その分は『味』でカバーして…」
とゆったり椅子から転げ落ちて(笑)。
生まれては消え、消えては生まれ…なかにはワケの分からぬ捏造云々諸問題で葬られて行く番組もあるなかで、日増し年増しにカバーされていくこの日曜お昼の名物の『味』は、とても貴重なのです。
応募はしてみたもののその結果云々が伝わらず、半ば諦めてかけてはみた、上方演芸クイズ「笑検」(ワッハ上方5F・ワッハホール〜2007年2月24日)。しかしながら、明日は燃えないゴミの日と、古新聞などなどまとめていたら、その隙間からこのハガキ。おお、当選!…しかし何でまたそんなところに埋もれてる?。てなわけで途端に何やら妙な闘志も沸き上がる(笑)。クイズとはいえ、テストを受験するのは何年ぶりのことでしょう。特に内外関わりの演芸クイズとなれば、もう日頃の日頃、腕から恥部から色んな部分見せ所見せまくり。ファンながらも実はウィークポイントでもある、上方落語関連は桂米朝師の著書「上方落語・桂米朝コレクション」(ちくま文庫)などを中心に。ほかにも部屋の書棚、ありったけの演芸関連の書物を今週は読みあさりです。
そういえば、応募を決めてから、拙ブログにて、すでにお忘れのむきもあるかと思いますが兼ねてよりの演芸クイズ出題も、それがキッカケでいらぬライバルが生まれても困るので(何をマジになってるねん? 笑)、本チャンが済んでから、後日談などなど追ってお送りすることといたしましょう。
大学時代にオチケン…いわゆる落語研究会に所属し、芸名を「浪漫亭ちっく」と名乗った、現在の上方落語の大看板といえば誰でしょう?
答え…桂三枝!!
腕鳴らしもよしよしと(笑)。
昨日、本日と前から頼まれごとの、知り合いの結婚式、二次会パーティー用の「ウェルカムボード」作成。今回で2品目で。普段の落書きは、A4用紙のハーフ、もしくはクォーターサイズ。なので手先でコチョコチョで済むのですが、いざウェルカムボードとなると、A4サイズの約4倍分の大きさを新郎新婦2人分。これが手ぇかかる骨折れる暇かかるで、ポスターカラーやら絵の具やら何やかやの用意も必要で、おまけに普段の卓上では手におえないので、部屋を掃除して床の上に紙を敷いてザ〜っと一気に。描き上げたそれは、紙に厚紙を張りつけて、やっとこさ、夕刻にはゆうパックで梱包郵送で、やれやれ、ふぅ〜…。
こもりっきりの作業のお供はやはりラジオ…
「さてはトコトン菊水丸」
(MBSラジオ/朝10時30分〜12時30分)
久々に『おやじギャグ予備校』採用(笑)。西郷隆盛と木戸孝允が仲良く童謡歌てます…♪薩長はね(サッチャンはね)・・・中はまり。
「ABCパワフルアフタヌーン上沼恵美子のこころ晴天」
(ABCラジオ/昼1時30分〜3時26分)
レギュラー陣のトミーズ健師復帰。『大御所で一流やねんから、お尻出してる場合違うで』と上沼さんにたしなめられながら『トゥンマテ〜ン』といつもの調子で平謝り、ともあれ復帰何より(笑)。
などなどをながら族。
あ、ウェルカムボード。記録用、肝心の携帯写真、残しておくのを忘れてもた!。
こもりっきりの作業のお供はやはりラジオ…
「さてはトコトン菊水丸」
(MBSラジオ/朝10時30分〜12時30分)
久々に『おやじギャグ予備校』採用(笑)。西郷隆盛と木戸孝允が仲良く童謡歌てます…♪薩長はね(サッチャンはね)・・・中はまり。
「ABCパワフルアフタヌーン上沼恵美子のこころ晴天」
(ABCラジオ/昼1時30分〜3時26分)
レギュラー陣のトミーズ健師復帰。『大御所で一流やねんから、お尻出してる場合違うで』と上沼さんにたしなめられながら『トゥンマテ〜ン』といつもの調子で平謝り、ともあれ復帰何より(笑)。
などなどをながら族。
あ、ウェルカムボード。記録用、肝心の携帯写真、残しておくのを忘れてもた!。
日本一のピン芸王座決定戦とも冠する、本日開催の「R−1ぐらんぷり2007」(関西テレビ/2007年2月18日放送)、見事優勝に輝いたのは芸歴17年目のザ・プラン9でもお馴染みの、なだぎ武さん。
このところの当たりキャラ、海外ドラマ「ビバリーヒルズ青春白書」の登場人物、『ディラン・マッケイ』に扮し、その吹き替え版そっくりに憑依した一人舞台…例の「ビバリー〜」、テーマソングが流れただけで、スポーツタイプのサイクリングカーをまたいでの登場…もうこれだけでなだぎワールド、そしてもうひとつの「青春白書」が繰り広げられるのかと思うだけで、無性に身体のあちこちがコソバユクなるほどの期待感。独特の表情と挨拶の一言が放たれただけでもうお手上げの、近頃のお気に入り(笑)。
何となくの自分なりの理屈に当てはめて楽しむことが出来る漫才と比べて、一方のピン芸、しかも最近はキャラクター流行りのなかで、理屈よりも先に感覚で楽しむしか術はありません。そんななかでどこに自分なりの理屈を見出すかといえば、一人舞台で必要な小道具や、効果音やBGMに合わせての動作、所作…このいずれもが、どれだけ演じるキャラクターにマッチしているか。特にこの部分に限ります。
そういう意味では、今回のR−1、決勝進出叶いませんでしたが、サバンナ高橋さん演じるブルース漫談の「犬井ヒロシ」における、例えば小道具であるギターの演奏テクニックや、所作でいえば、昨年のR−1覇者、博多華丸さんの「児玉清」もしかり。これらにお喋り、つまりは肝心のネタの内容を上乗せして、どこまで楽しめるかということなのですが…。小道具ひとつにしても雑な使い方が目にあまる方は大概、人気が出ても一発物で終わってしまう傾向がありますし。
そんななかで今回、いずれの出場者のなかでもあれだけの短い持ち時間に、言葉の笑い、表情の笑い、木目細かい所作も含めてビッチリ、起承転結まとめあげたところは、同点決勝まで及んだチュートリアル徳井さんも含めて追随許さなかった、「ディラン・マッケイ」、本日のダントツ。
何はともあれ、「R−1ぐらんぷり」では浅越ゴエさん以来の、ザ・プラン9からは2人目の栄冠。アホアホ感のなかに本家(こちらはこちらでアメリカの“良さ”が充満の名作でございます)への愛情も垣間見れて、また昨年の「M−1グランプリ2006」(朝日放送/2006年12月25日放送)の借りもいっぺんで返したような爽快感も伴ってもいて、とにかく思わずテレビの前で拍手。今ごろは相棒キャサリン(友近…今回も残念!)と、星条旗でも掲げながら祝杯でもあげているのでしょうか?(笑)。
ただ心配なのは、これをキッカケにおそらく増えると思われるテレビ出演で、いずれの番組でも「ディラン〜」のリクエストも増えるはず。出来ることなら、本家との様子を眺めつつ、さらなる当たりキャラへと成長させていただきたいものと切に願うのです…が、これに匹敵のピンネタはまだまだ豊富のなだぎさん。芸歴17年がワケの分からぬ荒波に飲み込まれるほど、ヤワではないはずです。
…と、今回の記事にて拙ブログも今回を持ちまして500記事達成。日頃のご愛顧ご贔屓、心より厚く御礼申し上げます。
このところの当たりキャラ、海外ドラマ「ビバリーヒルズ青春白書」の登場人物、『ディラン・マッケイ』に扮し、その吹き替え版そっくりに憑依した一人舞台…例の「ビバリー〜」、テーマソングが流れただけで、スポーツタイプのサイクリングカーをまたいでの登場…もうこれだけでなだぎワールド、そしてもうひとつの「青春白書」が繰り広げられるのかと思うだけで、無性に身体のあちこちがコソバユクなるほどの期待感。独特の表情と挨拶の一言が放たれただけでもうお手上げの、近頃のお気に入り(笑)。何となくの自分なりの理屈に当てはめて楽しむことが出来る漫才と比べて、一方のピン芸、しかも最近はキャラクター流行りのなかで、理屈よりも先に感覚で楽しむしか術はありません。そんななかでどこに自分なりの理屈を見出すかといえば、一人舞台で必要な小道具や、効果音やBGMに合わせての動作、所作…このいずれもが、どれだけ演じるキャラクターにマッチしているか。特にこの部分に限ります。
そういう意味では、今回のR−1、決勝進出叶いませんでしたが、サバンナ高橋さん演じるブルース漫談の「犬井ヒロシ」における、例えば小道具であるギターの演奏テクニックや、所作でいえば、昨年のR−1覇者、博多華丸さんの「児玉清」もしかり。これらにお喋り、つまりは肝心のネタの内容を上乗せして、どこまで楽しめるかということなのですが…。小道具ひとつにしても雑な使い方が目にあまる方は大概、人気が出ても一発物で終わってしまう傾向がありますし。
そんななかで今回、いずれの出場者のなかでもあれだけの短い持ち時間に、言葉の笑い、表情の笑い、木目細かい所作も含めてビッチリ、起承転結まとめあげたところは、同点決勝まで及んだチュートリアル徳井さんも含めて追随許さなかった、「ディラン・マッケイ」、本日のダントツ。
何はともあれ、「R−1ぐらんぷり」では浅越ゴエさん以来の、ザ・プラン9からは2人目の栄冠。アホアホ感のなかに本家(こちらはこちらでアメリカの“良さ”が充満の名作でございます)への愛情も垣間見れて、また昨年の「M−1グランプリ2006」(朝日放送/2006年12月25日放送)の借りもいっぺんで返したような爽快感も伴ってもいて、とにかく思わずテレビの前で拍手。今ごろは相棒キャサリン(友近…今回も残念!)と、星条旗でも掲げながら祝杯でもあげているのでしょうか?(笑)。
ただ心配なのは、これをキッカケにおそらく増えると思われるテレビ出演で、いずれの番組でも「ディラン〜」のリクエストも増えるはず。出来ることなら、本家との様子を眺めつつ、さらなる当たりキャラへと成長させていただきたいものと切に願うのです…が、これに匹敵のピンネタはまだまだ豊富のなだぎさん。芸歴17年がワケの分からぬ荒波に飲み込まれるほど、ヤワではないはずです。
…と、今回の記事にて拙ブログも今回を持ちまして500記事達成。日頃のご愛顧ご贔屓、心より厚く御礼申し上げます。
なにはなくとも2007年2月17日の話題といえば、陣内智則・藤原紀香、ご両家ご両人の慶事でございまして、朝から関西各局テレビ、ラジオとも持ち切り。
生まれてこの方長らくとラジオも聴いてきましたが、ニュースの時間に式場の生田神社の様子を伝え、さらに式が行われた午後2時以降は、それを伝えるアナウンサーも「おめでとうございました」と結ぶニュースは、かのご一家以来のことではないでしょうか。
看板からいっても、今の段階はどうしても「紀香・陣内」と報じられるところも、関西では各局ともに「大阪ぐらいはやっぱり『陣内・紀香』の順で行こうやないか」と横並びに統一は図られたようで、新郎応援モード(笑)。そんな新郎・陣内さん、結婚後初仕事がルミネtheよしもと、日曜日3回興行。当然会場のお客さんから冷やかされながらも祝福ムードのなかで、初仕事が芸人としての足腰鍛える本分である舞台からということは、関西からの応援モードを背負っての、何よりのはなむけとなる初仕事となるでしょう。
それにしても藤原紀香…か。
学生のころ、「クイズ!紳助くん」(朝日放送/毎週月曜夜11時17分〜12時17分放送)の公開録画を友人と見に行って、2本録り3時間超もあっと言う間な紳助節に大笑いしながら、その横で挑発的なミニスカートをまとった藤原紀香さんがニコニコと。そんな紀香さんの出で立ちをして、司会の島田紳助師…
「何ちゅうスカートや?この中、どないなってんねん?お前、パンツ履いてへんのと違うか!」(笑)。
紀香さんは「そんなことありませんよ」と照れながら当然、否定(笑)。
「ほなちょっと立ってみぃ!」
とアシスタント席から立たせた瞬間、まずレギュラー解答者の円広志氏が絶叫(笑)。同時我々観客や、なにわ突撃隊の面々も、「うぉ〜!!」
そこから後はもう、スラリと伸びたおみ足一点凝視で、紳助節どころではなくなってしまったのは言うまでもありません。
懐かしい思い出ですなぁ(笑)。
生まれてこの方長らくとラジオも聴いてきましたが、ニュースの時間に式場の生田神社の様子を伝え、さらに式が行われた午後2時以降は、それを伝えるアナウンサーも「おめでとうございました」と結ぶニュースは、かのご一家以来のことではないでしょうか。看板からいっても、今の段階はどうしても「紀香・陣内」と報じられるところも、関西では各局ともに「大阪ぐらいはやっぱり『陣内・紀香』の順で行こうやないか」と横並びに統一は図られたようで、新郎応援モード(笑)。そんな新郎・陣内さん、結婚後初仕事がルミネtheよしもと、日曜日3回興行。当然会場のお客さんから冷やかされながらも祝福ムードのなかで、初仕事が芸人としての足腰鍛える本分である舞台からということは、関西からの応援モードを背負っての、何よりのはなむけとなる初仕事となるでしょう。
それにしても藤原紀香…か。
学生のころ、「クイズ!紳助くん」(朝日放送/毎週月曜夜11時17分〜12時17分放送)の公開録画を友人と見に行って、2本録り3時間超もあっと言う間な紳助節に大笑いしながら、その横で挑発的なミニスカートをまとった藤原紀香さんがニコニコと。そんな紀香さんの出で立ちをして、司会の島田紳助師…
「何ちゅうスカートや?この中、どないなってんねん?お前、パンツ履いてへんのと違うか!」(笑)。
紀香さんは「そんなことありませんよ」と照れながら当然、否定(笑)。
「ほなちょっと立ってみぃ!」
とアシスタント席から立たせた瞬間、まずレギュラー解答者の円広志氏が絶叫(笑)。同時我々観客や、なにわ突撃隊の面々も、「うぉ〜!!」
そこから後はもう、スラリと伸びたおみ足一点凝視で、紳助節どころではなくなってしまったのは言うまでもありません。
懐かしい思い出ですなぁ(笑)。
というわけで、週刊より今回からは気ィ向いたときだけお送り致します(笑)、黒パグ成長記録でございますが、早いもので、本日で満2ヵ月。やたらめったら大きくなって体重も2kg間近。離乳食からご飯も、お湯でふやかした子犬用のものに変わりましたし、お乳も母乳から、同じく子犬用のものに変わりました。あんなにあった、母パグのお乳。吸い尽くされて、動物初の「母乳党員に」の願いもままならぬまま、今やすっかりペッタペタ(笑)。一時はお乳だけでもえらい熱を持って温かかったのですが、ふと抱きかかえたときに冷っとしたと思ったら、それがお乳。量と体温は比例してしまうんでしょうね。とにもかくにも、ご苦労さんと声だけかけてやりました。それでもチビパグ、今だ母恋しいのか、その写真が左上のもの。
トイレもシートで済ますことを覚えて、玄関の段もひょいと駆け上って来ます。これは親パグにも増して最速の進歩成長ぶりではないでしょうか。思わず「カチコイ、カチコイ!」と抱きしめてやったと思ったら…
上段中の写真。台所のスリッパを咥えてるところ。スリッパだけではありません。脱ぎたての服、ティッシュペーパー、新聞紙…とにかく床に転がってるものは何でもかんでも引っ張りまわしてビリビリかぶれ。特にティッシュは誰が噛みだしっぺか、気ィついたときは暖冬だというのに、部屋中はティッシュの雪やこんこで真っ白け。気温と同じく、頭に血ィもガチガチ〜ッと上昇することしばしば。そのティッシュの山をやっとこさ掃除し終えたら、埋もれたなかからボロボロになった気に入りの靴下、無残な姿…。昇った血ィもあっと言う間にサァ〜ッと引いてと、まるでこの冬のように血の気も暑なったり寒なったり出たり入ったり抜けたり5億の財宝持ち逃げしたり…ん?。
とにもかくにも、こんな調子でたまの成長記録、気のむくままに続きます…。
本日は梅田で書店を冷やかしてから、夕刻より天満天神繁昌亭へ。かねてより告知申し上げております、「新撰落語もぎた亭」の本日は勉強会でございまして、これまでは同所近隣のセンターを借りて行っていたものを、今回より、上方落語の本丸・天満天神繁昌亭にて行うことに。1階は楽屋と劇場、2階は事務所で、今回うかがったのは3階、何と上方落語協会会長室!。
「これが会長の椅子ですわ」と紹介されて思わずパチリとやろうかと思いましたが、椅子の後ろの鳩時計がボンボンボン…と夜7時を知らせるその音でちょっとびっくりしてしまい、今回は写真なし。また同じ部屋のなかには、劇場で販売用のCDやグッズの在庫保管棚があったり、ほかには、出演者の名びらが丁寧に一門別に保管されていたりで、思わず垂涎(笑)。さらには勉強会、下の劇場では夜席も開催されていて、お囃子の音色が階上まで響き渡ってと寄席情緒満点で、勉強会にも関わらず、正直な話…
「(勉強会が)早よ済んだら、ちょっとだけでも寄席、見られるのに…」
と何してるこっちゃら分かりません(笑)。
このような調子で喧々囂々侃侃諤諤、落語界の明日へと繋がる笑いのまず、その一歩となる“秘め事”な会。今月より毎月同所で行われることとなりました。
なので来月はもっと、あっちゃこっちゃの決定的瞬間をばお送りできればと…怒られない程度に(笑)。
あと、桂文福師に新しい、女性のお弟子さんが入門されて芸名を「桂ぽんぽ娘(こ)」さん。芸名の由来は、文福茶釜でタヌキで、ポンポコ…タァ〜ッ!(笑)。そんな彼女より、何とお恥かしいやら照れるやら、一日遅れのバレンタインチョコをばいただきました。この場をお借りしてどうもごちそうさまでした(笑)。
ぽんぽ娘さん。師匠の使いや何やらでじっくりお話が出来てはいないのですが、話し方を聞いていたらちょっと訛りがあって関西出身ではなさそう。それでもいずれは徐々に馴染んでいくでしょうし、また、最近では方言落語への道の可能性もあります。先だっての笑福亭恭瓶さん、博多弁落語、それにこの前の日曜深夜、関西地区で放送された「立川志の輔の越中座」(北日本放送/2006年8月13日放送)では、志の輔師、故郷の富山弁で捲くし立てる新作落語も。方言とはいえ、ニュアンスだけでも大笑い。また使い勝手の良い言葉だけにテンポもドンドン快調になっていく様が手に取るように伺えました。ともかく、色んな落語家さんがいて、色んな落語の色んな表現方法があって、その全体を聴き比べで俯瞰から捉えるも良し、特定の誰かに定めて深く濃く、ライブに音源にと追いかけるも良し…これこそ落語の楽しさ、真髄です。
話戻って、ぽんぽ娘さんや、彼女の少し先輩で、露の団四郎師のお弟子さんである露の団姫(つゆの・まるこ)さんのような若手女流落語家さんは、今や定席の程好い華に。そんな彼女たちのような女流落語家、その入門から出世までの奮闘記がこの秋、ドラマとして描かれるようで、タイトルは落語の演目にもある「ちりとてちん」(上方ではこれで、江戸落語では『酢豆腐』)。NHK大阪制作でこの秋からの朝の連続テレビ小説として登場です。おそらく、彼女たちの楽屋生活もドラマのなかでヒント的導入されることでしょう。今から楽しみです。
というわけで団姫さんは前説で、ぽんぽ娘さんはお茶子としても登場(いずれも予定)の、上方落語の殿堂で初の開催「もぎた亭」は2007年3月22日(金曜夜6時30分〜)。
本邦初公開の新作落語、その初演と、未来の名作誕生のそれぞれ瞬間に立ち会いませんか?。貴重な機会です。貴重どころかひょっとして、上演されるのは当夜っきりで二度を聴けないかも…って、それじゃダメじゃん!(by春風亭昇太@『笑点』)。
とにもかくにも、左記メールフォームより、多数ご予約賜わりますようお願い申し上げます。
本日2月14日は、河内家菊水丸師、44歳お誕生日でございます。そういえば、去年の43歳お誕生日は、その前日の「さてはトコトン菊水丸」(MBSラジオ/毎週月〜金曜朝10時30分〜12時30分放送)、本番中にとてつもないハプニングに巻き起こりましたが、結局それが42歳本厄の厄払いとなったよう。そうそう、ハプニングの音声技術がままならないスタジオ、そのドサクサで『おやじギャグ予備校』の大賞もちょうだいしましったけ(今年はまだもらってませんが 笑)。というわけで、本日はお祝いの、過去に番組へご笑納さしあげた落書きショウの総集編。それにしても描きも描いたり、我ながら…(笑)。
すべてはコレがキッカケで、このブログ、特に落書きショウ部門の今日と、かように申し上げても過言ではございません(笑)。
あらためてお祝い申し…上げますえ〜、ドッコイセ!♪
近頃のテレビ番組では番組タイトルや、出演者を紹介するスーパー(テロップ)は当然のコンピューター、いわゆるCGで加工されたものがほとんどです。
このテのタイトルが昔は当たり前ですが、「すべて手書きだった」ということも、今どきの若いスタッフには信じてくれない…という話を先日伺って、驚いた次第。なぜCGが多様されだしたかというのはひとつが技術の進歩であるのと同時に、手書きよりも案外簡単に仕上がり、画面に乗せるのも手書きと比べると格段に安易だからだといいます。とはいえ、「昔はすべて手書きだった」ことが信じる事の出来ない、まさかそのようなスタッフが存在するというのも、時代の流れでしょうか。
手書きスーパーというのは、実に個性的な物が多く、子供のころ、テレビを見ながら、ああいう番組のタイトルロゴやスーパー(子供なので当然『字ィ』と呼んでいた)を描く人間になりたいと憧れたことがありました。バラエティ番組に限らずドラマにしてもアニメにしても、人気番組というものは番組の内容はもちろん、すべてをパッケージするタイトルロゴも印象に残るものがたくさんありました。
かつて長らくと愛された、視聴者参加番組の「素人名人会」(毎日放送)は、タイトルロゴはもちろん、「司会・西川きよし、審査員・大久保怜…」などなどオープニングの出演者やスタッフロールに至るまで独特の手書き文字のスーパーが流れていました。40年以上の長寿番組、長らくとお馴染みの手書き文字はてっきり専門のデザインさんが存在するのかと思いきや、当時のスタッフの方にお伺いすると、
「あれは、番組のディレクターが描いたやっちゃねん」
丸っこくて、一文字一文字ずつディフォルメされた独特のスーパーでした。それがまさかディレクターさんの片手間だったとは…。いや、片手間とは失礼(笑)。スーパーとはいっても所詮は番組のなかの、ほんの数秒流れる程度の文字にも関わらず、番組のパッケージを印象付けるためのひとつの大事な効果なのです。、そんなス―パーを「素人名人会」は、ディレクターさん自らがしたためたと知った途端、番組に対して非常に愛着を持って携わっていたのだなと、少し感激してしまいました(その割りに落書き…すべて朝日放送の番組ばかりですが 笑)。
コンピューターが悪いとはいいませんが、番組のスーパーや、書き物、また手紙といった類に至るまでも、やはり手描きの文字の持つ温かさにはかなわないと思います。
このテのタイトルが昔は当たり前ですが、「すべて手書きだった」ということも、今どきの若いスタッフには信じてくれない…という話を先日伺って、驚いた次第。なぜCGが多様されだしたかというのはひとつが技術の進歩であるのと同時に、手書きよりも案外簡単に仕上がり、画面に乗せるのも手書きと比べると格段に安易だからだといいます。とはいえ、「昔はすべて手書きだった」ことが信じる事の出来ない、まさかそのようなスタッフが存在するというのも、時代の流れでしょうか。手書きスーパーというのは、実に個性的な物が多く、子供のころ、テレビを見ながら、ああいう番組のタイトルロゴやスーパー(子供なので当然『字ィ』と呼んでいた)を描く人間になりたいと憧れたことがありました。バラエティ番組に限らずドラマにしてもアニメにしても、人気番組というものは番組の内容はもちろん、すべてをパッケージするタイトルロゴも印象に残るものがたくさんありました。
かつて長らくと愛された、視聴者参加番組の「素人名人会」(毎日放送)は、タイトルロゴはもちろん、「司会・西川きよし、審査員・大久保怜…」などなどオープニングの出演者やスタッフロールに至るまで独特の手書き文字のスーパーが流れていました。40年以上の長寿番組、長らくとお馴染みの手書き文字はてっきり専門のデザインさんが存在するのかと思いきや、当時のスタッフの方にお伺いすると、
「あれは、番組のディレクターが描いたやっちゃねん」
丸っこくて、一文字一文字ずつディフォルメされた独特のスーパーでした。それがまさかディレクターさんの片手間だったとは…。いや、片手間とは失礼(笑)。スーパーとはいっても所詮は番組のなかの、ほんの数秒流れる程度の文字にも関わらず、番組のパッケージを印象付けるためのひとつの大事な効果なのです。、そんなス―パーを「素人名人会」は、ディレクターさん自らがしたためたと知った途端、番組に対して非常に愛着を持って携わっていたのだなと、少し感激してしまいました(その割りに落書き…すべて朝日放送の番組ばかりですが 笑)。
コンピューターが悪いとはいいませんが、番組のスーパーや、書き物、また手紙といった類に至るまでも、やはり手描きの文字の持つ温かさにはかなわないと思います。
3連休の中日の昨日…今週中に提出の、今度はチラシ絵をああでもないこうでもないと図案を考えつつ、同じく落語台本の〆切もあって、内容をこれまたああでもないこうでもない…。
と、こう書けば、何や忙しい風にも思われますが、実のところ、両方ともちょっとずつ思いつくままにメモを取ったり、また形にしてみたりと、要はアホほどおかずを並べては、それをちょっと摘んではチビリ、ちょっと摘んではチビリの、結局は完食せぬまま終わるという、まるで「行列のできる法律相談所」の丸山弁護士の夕食のような状況で(ってこの例えも分かり難いなぁ…以前、テレビで言うてました 笑)、とにかく、両方ガッチリした物が出来あがることなく悶々とした一日を…。
その最中、ずっと部屋でラジオ時々テレビ…これもまた掻い摘んだり…ホンマ、何やねんなと我ながら…。そんな昨日2007年2月11日のメモ雑記
「松本人志の放送室」(TFM/朝3時00分〜4時00分)
松本人志初監督の「大日本人」について何やかや…。結局、考え事をしながら族で、詳細までは聴けてない…。
「まもなく夜明け米朝事務所です」(ラジオ大阪/朝4時00分〜5時00分)
ぼちぼちと布団に潜り込んでじっくりと。メインパーソナリティの桂こごろう、桂紅雀の両師が、一連の捏造番組に振りまわされる噺家仲間の顛末など。
ゲストに桂しん吉さん。バンジョーをお囃子変わりとした風変わりな新作落語に師匠・吉朝師が遺した古典の継承など独自の模索を図り、面白そうな動きを。いずれもこじんまりした会場での実験的行動が今はやっとのようですが、いずれは集客力も増すほどの大化け、気配も…(生をまだ見られていないので勝手な想像。でもその一本気さが端々に感じられます)。
「若宮テイ子の日曜はダメよ!」(fm osaka/朝5時00分〜8時00分)
バレンタイン直前の、甘〜い恋歌特集。前身の「若宮テイ子のゴールデンナイトショウ」を継承したFMでは独自路線は相変わらず。6時40分ごろより箱モノの「大西ユカリの日曜はOKよ!」は『カタカナ歌手特集』で今週は青山ミチ特集。大西ユカリと新世界、立ち上げ当初の座標となったオリジナルからは「いろはにほへと」なる名曲を紹介。これ以外にも青山ミチ作品、多数のカバー候補として存在したなかで、結局は『トニー谷』に『ジェームス・ブラウン』色も濃厚に浮かんだ、「新ミッチー音頭」をカバーすることに。これもかかる。
…と、ここで一旦、ラジオを切って3匹の犬、散歩。髪の毛ボサボサ。
散歩後、再びチラシ図案の考慮に入り、ラジオのスイッチも。
「日曜落語なみはや亭」(ABCラジオ/朝8時30分〜9時00分)
今週は桂三枝師、『誕生日』。音源は過日開催された天満天神繁盛亭「復活・創作落語の会」にて。初めて伺う新ネタを聴きながら、メモを取りながら。大家族、88歳になる父親の米寿パーティを祝う子供、孫たちの機微の浮き彫り絶妙で流石。都合、午後にもう一度、録音テープを聴きながら思ったのは、大家族、父親、子供(兄弟)…いずれも演者の三枝師の生い立ちには叶わなかった世界。いわば憧れの世界を自作自演で落語化ゆえに、余計に情感たっぷりと拝聴。
「米朝よもやま噺」(ABCラジオ/朝9時00分〜9時30分)
ゲストに文楽の、人間国宝・吉田文雀師。国宝対談は、古の芸談義で文雀師、なんと初代中村鴈治郎丈の最後の舞台を目の当たりにされているとのこと。これにはさすがの米朝師も驚愕の様子
…といいながら、実はここで一度目のうつらうつら。
「サンデー・ジャポン」(TBS/朝10時00分〜11時24分)
そのまんま東氏こと、東国原英夫宮崎県知事、生出演。他の報道番組とは違ってスタジオにはタレント時代の旧知の仲間にあたふた。副知事問題で知事選対立候補の一の名が挙がるも結局は、県民の意見を元に却下とか。あえて対立候補を側近に添えるのもありかなとは思ったり…。では肝心の副知事に誰を推すかとスタジオの出演者、それぞれの回答は、高橋ジョージ氏「グレート・カブキ」、デーブ・スペクター「横山ノック」、爆笑問題太田光「ホラッチョ宮崎」…東氏だけ大ウケ(笑)。
続く話題は、悪質ホームページ公開の変態教師(33)逮捕について。ホームページが世に知られてからしばらく自宅謹慎を言い渡されるも、その間をカメラが追い、その姿たるやまるで自由時間を満喫するかのよう。おまけに取材にも応じていて、「悪いといえば悪かったですね」と悪びれぬ態度にむかっ腹。
その傍らで再び、次は落語台本の考慮。先に聴いた「誕生日」がかなり頭にこびりついて離れず。こういう良いお噺を書いてみたい。
と、しばし昼寝やら、昼食やら犬の散歩やら、ウダウダで…
「桂ざこば60歳還暦!芸能生活45周年記念番組・還暦!感激ツアーINマレーシア」(よみうりテレビ/昼3時00分〜4時00分)
世界各地で落語上演を…のざこば師のライフワークは今回、還暦を記念して、同い年の俳優・矢崎滋氏らと。矢崎さんもかなりの落語通でざこば師の良い相棒役となっていて、また弟子の桂わかば、桂ちょうば、そして堀越のりも同行し賑やかな旅に。現地には第二の人生を送る日本人が多いらしく、一組の日本人夫妻と対面。物価は日本の3分の1…つまり、日本にいるより3倍の贅沢が出来て、時間的余裕をめいっぱい悠々自適に生きるには最高の国と自慢。この出会いを元に落語会開催に漕ぎつけ、現地の日本人にも大ウケ。
一方で堀越のりら若手陣は、師匠の還暦祝いに幻のハチミツ探しに奔走。何とか確保に漕ぎつけ、ざこば師も滂沱。途中、芸人感を矢崎氏と。
「若いころは70歳、80歳になって、ボロボロになっても高座に立っていたいと思っていたが、今は落語家として恵まれた環境に育ってきたこともあり、今の状態のまま、実は引いても良いかも」と。これに矢崎氏、納得しながらも、「でも、ボロボロになるまでお互いやりましょうよ」と固い握手を。
現地の日本人夫妻も含めて、人の生き方それぞれ。両親も含めて、周囲の特に人生の先輩の生き方をこれから色々と見せてもらいたいとも感じる。
「玉置宏のラジオ名人寄席」(NHKラジオ第1/夕方4時05分〜5時00分)
新聞のラジオ欄に、五代目古今亭志ん生、六代目春風亭柳好とあったので是非と録音テープを用意しながら耳を傾けるも、睡魔に襲われてリアルタイムでは断念。五代目志ん生は、同番組の席亭、玉置氏によると大変貴重な珍品音源だとかで録音しておいて良かった。また後日拝聴のほどを。
「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」(ニッポン放送/夕方4時00分〜5時30分)
「〜名人寄席」のあと、5時台より傍受。この時間になると東京のラジオもかなりクリアに聞こえる。5時台の特集は『西岡恭蔵』特集。曲名を失念していまったのですが一曲目は「サーカス」にまつわる曲。調べてみたら「サーカス」とつく曲が2曲あって、やっぱり判明せず。しかし、独特の恭蔵節の、何とも切ない歌詞とメロディにしんみり。ほかに「下町のデュラン」、「プカプカ」。そういえば、鶴瓶師が以前司会を務めたトーク番組「ねごとの穴」(朝日放送)に恭蔵さん出演の回、確か録画していたはず。探してみよう。
「笑点」(日本テレビ/夕方5時30分〜6時00分)
演芸コーナーにブラックマヨネーズ。以前にも確か、M-1グランプリ優勝直後に出演していて、例のパターンのネタを期待するも、そのときは会場の客層に合わせてか割と初期のころのネタを上演。ちょっとガッカリしていたら、今回は期待のパターンで見事鮮やか。入院中の友人のお見舞いの品は何が良いか…色々あって、千羽鶴に収まるも、これまた色々あって、とうとう、「そこらにいるハトに色塗って『ツル』やて持っていったらエエんと違うか!」(小杉)、「もしその『ツル』がクルックゥ〜て鳴いたらどないすんねん!」(吉田)…まったくもってテレビの前で膝から崩れ落ちたように爆笑(笑)。結局、大喜利のコーナーも録画しながらHDD、続けてもう一度漫才を再生する。
夕方の犬の散歩、夕食云々で…
「ドリフ大爆笑30周年記念スペシャル」(フジテレビ/夜7時58分〜9時48分)
久々の大爆笑は過去の名作コント50連発の総集編。ほとんどはCSなどで録画していて何度も見ているはずなのに、改めて見てもまったく古びない、しかも長さんもまだ健在かのような錯覚にも陥って。オリジナルの映像を前後数秒ずつ削った編集から次から次へと畳み込まれた今回の総集編、そのテンポが今風でいて、まさに再生工場な感。その場限りのハプニングやトークで消化してしまう昨今の笑いにあって、当時の、特にドリフは独特な、頭をひねってひねって納得のいくまでの笑いに対する工程は決して無駄ではなかった。総集編のたびに、過去の苦労が何倍何十倍のお釣りを得るほど報われる、しかも幾世代に渡って新たなファン層を確実に開拓していくドリフコントに思わず拍手。そんな過去のコントを集めたDVDが今夏発売されるそう。
10時以降、結局ダラダラとながら族で続けていたそれぞれの考案を、ちょっとずつ形にまとめて夜は更けた…。
と、何とはなしに見聴きダラダラと、昨日もこんな一日…。
と、こう書けば、何や忙しい風にも思われますが、実のところ、両方ともちょっとずつ思いつくままにメモを取ったり、また形にしてみたりと、要はアホほどおかずを並べては、それをちょっと摘んではチビリ、ちょっと摘んではチビリの、結局は完食せぬまま終わるという、まるで「行列のできる法律相談所」の丸山弁護士の夕食のような状況で(ってこの例えも分かり難いなぁ…以前、テレビで言うてました 笑)、とにかく、両方ガッチリした物が出来あがることなく悶々とした一日を…。その最中、ずっと部屋でラジオ時々テレビ…これもまた掻い摘んだり…ホンマ、何やねんなと我ながら…。そんな昨日2007年2月11日のメモ雑記
「松本人志の放送室」(TFM/朝3時00分〜4時00分)
松本人志初監督の「大日本人」について何やかや…。結局、考え事をしながら族で、詳細までは聴けてない…。
「まもなく夜明け米朝事務所です」(ラジオ大阪/朝4時00分〜5時00分)
ぼちぼちと布団に潜り込んでじっくりと。メインパーソナリティの桂こごろう、桂紅雀の両師が、一連の捏造番組に振りまわされる噺家仲間の顛末など。
ゲストに桂しん吉さん。バンジョーをお囃子変わりとした風変わりな新作落語に師匠・吉朝師が遺した古典の継承など独自の模索を図り、面白そうな動きを。いずれもこじんまりした会場での実験的行動が今はやっとのようですが、いずれは集客力も増すほどの大化け、気配も…(生をまだ見られていないので勝手な想像。でもその一本気さが端々に感じられます)。
「若宮テイ子の日曜はダメよ!」(fm osaka/朝5時00分〜8時00分)
バレンタイン直前の、甘〜い恋歌特集。前身の「若宮テイ子のゴールデンナイトショウ」を継承したFMでは独自路線は相変わらず。6時40分ごろより箱モノの「大西ユカリの日曜はOKよ!」は『カタカナ歌手特集』で今週は青山ミチ特集。大西ユカリと新世界、立ち上げ当初の座標となったオリジナルからは「いろはにほへと」なる名曲を紹介。これ以外にも青山ミチ作品、多数のカバー候補として存在したなかで、結局は『トニー谷』に『ジェームス・ブラウン』色も濃厚に浮かんだ、「新ミッチー音頭」をカバーすることに。これもかかる。
…と、ここで一旦、ラジオを切って3匹の犬、散歩。髪の毛ボサボサ。
散歩後、再びチラシ図案の考慮に入り、ラジオのスイッチも。
「日曜落語なみはや亭」(ABCラジオ/朝8時30分〜9時00分)
今週は桂三枝師、『誕生日』。音源は過日開催された天満天神繁盛亭「復活・創作落語の会」にて。初めて伺う新ネタを聴きながら、メモを取りながら。大家族、88歳になる父親の米寿パーティを祝う子供、孫たちの機微の浮き彫り絶妙で流石。都合、午後にもう一度、録音テープを聴きながら思ったのは、大家族、父親、子供(兄弟)…いずれも演者の三枝師の生い立ちには叶わなかった世界。いわば憧れの世界を自作自演で落語化ゆえに、余計に情感たっぷりと拝聴。
「米朝よもやま噺」(ABCラジオ/朝9時00分〜9時30分)
ゲストに文楽の、人間国宝・吉田文雀師。国宝対談は、古の芸談義で文雀師、なんと初代中村鴈治郎丈の最後の舞台を目の当たりにされているとのこと。これにはさすがの米朝師も驚愕の様子
…といいながら、実はここで一度目のうつらうつら。
「サンデー・ジャポン」(TBS/朝10時00分〜11時24分)
そのまんま東氏こと、東国原英夫宮崎県知事、生出演。他の報道番組とは違ってスタジオにはタレント時代の旧知の仲間にあたふた。副知事問題で知事選対立候補の一の名が挙がるも結局は、県民の意見を元に却下とか。あえて対立候補を側近に添えるのもありかなとは思ったり…。では肝心の副知事に誰を推すかとスタジオの出演者、それぞれの回答は、高橋ジョージ氏「グレート・カブキ」、デーブ・スペクター「横山ノック」、爆笑問題太田光「ホラッチョ宮崎」…東氏だけ大ウケ(笑)。
続く話題は、悪質ホームページ公開の変態教師(33)逮捕について。ホームページが世に知られてからしばらく自宅謹慎を言い渡されるも、その間をカメラが追い、その姿たるやまるで自由時間を満喫するかのよう。おまけに取材にも応じていて、「悪いといえば悪かったですね」と悪びれぬ態度にむかっ腹。
その傍らで再び、次は落語台本の考慮。先に聴いた「誕生日」がかなり頭にこびりついて離れず。こういう良いお噺を書いてみたい。
と、しばし昼寝やら、昼食やら犬の散歩やら、ウダウダで…
「桂ざこば60歳還暦!芸能生活45周年記念番組・還暦!感激ツアーINマレーシア」(よみうりテレビ/昼3時00分〜4時00分)
世界各地で落語上演を…のざこば師のライフワークは今回、還暦を記念して、同い年の俳優・矢崎滋氏らと。矢崎さんもかなりの落語通でざこば師の良い相棒役となっていて、また弟子の桂わかば、桂ちょうば、そして堀越のりも同行し賑やかな旅に。現地には第二の人生を送る日本人が多いらしく、一組の日本人夫妻と対面。物価は日本の3分の1…つまり、日本にいるより3倍の贅沢が出来て、時間的余裕をめいっぱい悠々自適に生きるには最高の国と自慢。この出会いを元に落語会開催に漕ぎつけ、現地の日本人にも大ウケ。
一方で堀越のりら若手陣は、師匠の還暦祝いに幻のハチミツ探しに奔走。何とか確保に漕ぎつけ、ざこば師も滂沱。途中、芸人感を矢崎氏と。
「若いころは70歳、80歳になって、ボロボロになっても高座に立っていたいと思っていたが、今は落語家として恵まれた環境に育ってきたこともあり、今の状態のまま、実は引いても良いかも」と。これに矢崎氏、納得しながらも、「でも、ボロボロになるまでお互いやりましょうよ」と固い握手を。
現地の日本人夫妻も含めて、人の生き方それぞれ。両親も含めて、周囲の特に人生の先輩の生き方をこれから色々と見せてもらいたいとも感じる。
「玉置宏のラジオ名人寄席」(NHKラジオ第1/夕方4時05分〜5時00分)
新聞のラジオ欄に、五代目古今亭志ん生、六代目春風亭柳好とあったので是非と録音テープを用意しながら耳を傾けるも、睡魔に襲われてリアルタイムでは断念。五代目志ん生は、同番組の席亭、玉置氏によると大変貴重な珍品音源だとかで録音しておいて良かった。また後日拝聴のほどを。
「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」(ニッポン放送/夕方4時00分〜5時30分)
「〜名人寄席」のあと、5時台より傍受。この時間になると東京のラジオもかなりクリアに聞こえる。5時台の特集は『西岡恭蔵』特集。曲名を失念していまったのですが一曲目は「サーカス」にまつわる曲。調べてみたら「サーカス」とつく曲が2曲あって、やっぱり判明せず。しかし、独特の恭蔵節の、何とも切ない歌詞とメロディにしんみり。ほかに「下町のデュラン」、「プカプカ」。そういえば、鶴瓶師が以前司会を務めたトーク番組「ねごとの穴」(朝日放送)に恭蔵さん出演の回、確か録画していたはず。探してみよう。
「笑点」(日本テレビ/夕方5時30分〜6時00分)
演芸コーナーにブラックマヨネーズ。以前にも確か、M-1グランプリ優勝直後に出演していて、例のパターンのネタを期待するも、そのときは会場の客層に合わせてか割と初期のころのネタを上演。ちょっとガッカリしていたら、今回は期待のパターンで見事鮮やか。入院中の友人のお見舞いの品は何が良いか…色々あって、千羽鶴に収まるも、これまた色々あって、とうとう、「そこらにいるハトに色塗って『ツル』やて持っていったらエエんと違うか!」(小杉)、「もしその『ツル』がクルックゥ〜て鳴いたらどないすんねん!」(吉田)…まったくもってテレビの前で膝から崩れ落ちたように爆笑(笑)。結局、大喜利のコーナーも録画しながらHDD、続けてもう一度漫才を再生する。
夕方の犬の散歩、夕食云々で…
「ドリフ大爆笑30周年記念スペシャル」(フジテレビ/夜7時58分〜9時48分)
久々の大爆笑は過去の名作コント50連発の総集編。ほとんどはCSなどで録画していて何度も見ているはずなのに、改めて見てもまったく古びない、しかも長さんもまだ健在かのような錯覚にも陥って。オリジナルの映像を前後数秒ずつ削った編集から次から次へと畳み込まれた今回の総集編、そのテンポが今風でいて、まさに再生工場な感。その場限りのハプニングやトークで消化してしまう昨今の笑いにあって、当時の、特にドリフは独特な、頭をひねってひねって納得のいくまでの笑いに対する工程は決して無駄ではなかった。総集編のたびに、過去の苦労が何倍何十倍のお釣りを得るほど報われる、しかも幾世代に渡って新たなファン層を確実に開拓していくドリフコントに思わず拍手。そんな過去のコントを集めたDVDが今夏発売されるそう。
10時以降、結局ダラダラとながら族で続けていたそれぞれの考案を、ちょっとずつ形にまとめて夜は更けた…。
と、何とはなしに見聴きダラダラと、昨日もこんな一日…。
昨年の開催よりちょうど1年。木村充揮さん30周年記念ライブ「30th Aniversary 継続は力〜オ・カ・ゲ・サ・マ・デ〜」(NHK大阪ホール/2006年2月11・12日)。
同ライブは後にNHKで放送され、そのときにご出演の皆さんを含めて、過去に拙ブログでもご紹介させていただきましたが、今回は、このたび同ライブの模様がDVDで発売されることを記念しまして、昨年の番組放送の際に、記事の落書きとして書かせてもらったアーティストの皆さん、よってこってでオールスター勢揃い(すべて落書きながら、それでもどうしても似せられなかった方もいらっしゃいます。スミマセン 笑)。
ただいま、30周年記念盤CD「小さな花」を聴きながら、しみじみ。ええなぁ…。
同ライブは後にNHKで放送され、そのときにご出演の皆さんを含めて、過去に拙ブログでもご紹介させていただきましたが、今回は、このたび同ライブの模様がDVDで発売されることを記念しまして、昨年の番組放送の際に、記事の落書きとして書かせてもらったアーティストの皆さん、よってこってでオールスター勢揃い(すべて落書きながら、それでもどうしても似せられなかった方もいらっしゃいます。スミマセン 笑)。ただいま、30周年記念盤CD「小さな花」を聴きながら、しみじみ。ええなぁ…。
ビデオを整理していたら、19年前に録画してあった「よみうりテレビ30年史」なる番組が。過去の同局人気番組、貴重なVTRを紹介するなかで、大村崑ちゃん主演の時代劇コメディ「頓馬天狗」(よみうりテレビ/1960年放送開始)の一場面が。主演の崑ちゃんこと頓馬天狗。その正体は「尾呂内南公」なる武士。尾呂内南公…音で読めば「オロナイナンコウ」…要は一社提供、大塚製薬の主力商品「オロナイン軟膏」をもじってのこの役名。その尾呂内に突如として切りかかるは芦屋小雁氏扮する幕末の志士「近藤勇」…ではなく「近藤勇三」。
「やや、天狗!覚悟、覚悟〜!」と小雁氏切りかかるも、天狗の崑ちゃん一刀両断。呆気なく「やられたよ〜!」と倒れ込む小雁氏に、「ホンマにやられたンか?」と天狗さん。相手がやられたと確認するや否や天狗さん、懐より「そんなときこそ、(傷口に)このオロナイン軟膏がある!」。
天狗さんに軟膏を塗られた小雁勇三、元の元気を取り戻して、「さすがはオロナイン軟膏よ!」(笑)
これらのやりとりは、一つの生コマーシャルになっていて、だとしたらそんなアホなというか、薬事法ギリギリというか(笑)。しかしこれこそ夜明けを迎えた、商都大阪発の民放テレビの番組らしい知恵と工夫。
アホらしいといえば、別の場面で大勢の敵に囲まれてピンチの天狗さん、腰にかざした刀の柄をチョコンと抜くフリ。するとどうでしょう。何故か周りの大勢の敵が「うわぁ〜」と倒れ込んで…。天狗さん曰く、「見よこの、目にも見えぬ一瞬の技を」。腰の刀を抜くフリも、実は刀を抜いて一瞬に敵を斬りまくって、また鞘(さや)に収めるまでの秒速の所作でした…というギャグ(笑)。
こんなギャグを見せるだけで実は肝心の殺陣、ひょっとして崑ちゃん、苦手なのかなと穿っても見る。すると別の場面でなんと、天狗の崑ちゃん、腰の長刀を片手だけで鮮やかに抜いてみせ、一手二手の殺陣を決めると再び片手で鞘に収める、といった神業の刀さばきを鮮やかに披露。とても「頓馬」だけでは収まらない天狗さんの崑ちゃんが実にカッチョエエ!
そんな崑ちゃん、この番組が放送された昭和30年代。「頓馬天狗」以外にも出世作となった「番頭はんと丁稚どん」(毎日放送/1959年放送開始)、「やりくりアパート」(朝日放送/1958年放送開始)などなど在阪各局発の全国ネット、数々のコメディ番組で主演を務め、日本中のちびっこに圧倒的な人気を誇ります。放送局から放送局へ…そんな多忙を極めるなかで画面に見切れてしまうちょっとした場面などでは、影武者的な役者を起用。ここで重宝されたのが、今のチャーリー浜さんで、当時は崑ちゃんのそっくりさんとして各番組を走りまわったといわれています。
そんな当時の勢いを物語るエピソードとして、崑ちゃんから語られたのは、
「いやぁ、子供たちのファンレターが物凄くてね。なかには宛名が『大阪 崑ちゃん』だけで届いた手紙もありましたよ」
また、「頓馬〜」初め、崑ちゃん主演コメディを一手に脚本、引き受けたのが後年の「どてらい男」(関西テレビ/1973〜1977年)で「細うで繁盛記」(よみうりテレビ/1970年)、根性路線でヒットを放った花登筺氏。1週間に抱えた幾本のレギュラー台本を、自宅の書斎、特注の長いテーブルを車輪付きの椅子で端から移動しながら、「ハイ、『番頭はん〜』書いた…ハイ、『やりくり〜』も書けた。次は…」といった勢いで毎週の台本を書き捲くったとか(!!)。
そんな花登作品のこれまた名作「あかんたれ」(東海テレビ/1976〜1977年)の再放送、平日昼間に再放送中で、これまた毎日録画でエライことですがな!(笑)
一日をメモ程度に
本日中にあげる台本の最終詰めを朝から。悶々とああでもないこうでもないと思案しながら、資料をちょっとずつネットから拾ったりして何とか夕方までに仕上がって何より。しかしながら書き直し、おそらく求められずはず…トホホ。
ラジオ、「さてはトコトン菊水丸」(MBSラジオ)を聴きながら。『おたまじゃくし音楽堂』は都はるみさん。『トコトン生ゲスト』は浪曲の菊地まどかさん。いずれも例のごとくご笑納用のイラストが、結局、台本のために用意できず残念(笑)。
河内家菊水丸師所蔵の、都はるみさんと同じ所属のコロムビアレコード50周年を記念して、美空ひばり、島倉千代子、舟木一夫、大川栄策の各氏と競演の珍盤音源に仰天。
菊地まどかさん。河内音頭に民謡に演歌を経て、京山小円嬢師の浪曲、まるで一人ミュージカルな至芸に魅せられて入門。新作もこなすということで、いずれ拝聴してみたいと思っていた矢先の今回ゲスト出演。噂に違わぬ節はもちろん、普段のおしゃべりもええお声。今、徐々に注目されつつある関西若手浪曲陣のお一人。毎日新聞夕刊連日連載中の「見てよ!聴いてよ!浪花節」でその勢いを垣間見ております。
合間、テレビ。「ちちんぷいぷい」(毎日放送/毎週月〜金曜昼2時00分〜5時50分放送)にて、本日よりトミーズ健師復帰。神妙な面持ちの謝罪にはいくら1週間で謹慎が解けたとはいえちょっと気の毒に…。その流れで冒頭15分ほどの芸能ニュースは、過日の件があって宮川花子師、初めての一人舞台。グッと堪えながらも「CTスキャンに大助君の頭、入らへん」などのネタを連発して温かな爆笑を得る姿が何とも凛々しく、そしてカッコ良くも思ったり。
夕方。大阪へ。数ヵ月ぶりの「師匠」と再会。師匠といっても芸人さんではなく、今に至る私めの道標的な恩人ともいってよい元演芸番組プロデューサーさん。近況やら現況やら何やかじっくりお話を。なかでも内海英華師の女道楽は素晴らしいと思いが一致。分かる人にはやっぱり分かる粋な高座…嬉しい。
そんなこんなで元気を頂く。
深夜帰宅。黒パグ3匹に雑種1匹お出迎え。そういえば家族は親戚の家に出掛けていて、彼ら4匹ひしめきあいながら留守番、寂しかったろうに。なので帰ってきた途端の出迎えよう狂喜乱舞ぶり尋常やなし(笑)。なかでも子パグも大人らにまじって一緒にはしゃいでおりまして、あんまり可愛いので一緒に寝た(笑)。
てなこって、2月9日、何のことはない雑記でした。
本日中にあげる台本の最終詰めを朝から。悶々とああでもないこうでもないと思案しながら、資料をちょっとずつネットから拾ったりして何とか夕方までに仕上がって何より。しかしながら書き直し、おそらく求められずはず…トホホ。
ラジオ、「さてはトコトン菊水丸」(MBSラジオ)を聴きながら。『おたまじゃくし音楽堂』は都はるみさん。『トコトン生ゲスト』は浪曲の菊地まどかさん。いずれも例のごとくご笑納用のイラストが、結局、台本のために用意できず残念(笑)。
河内家菊水丸師所蔵の、都はるみさんと同じ所属のコロムビアレコード50周年を記念して、美空ひばり、島倉千代子、舟木一夫、大川栄策の各氏と競演の珍盤音源に仰天。
菊地まどかさん。河内音頭に民謡に演歌を経て、京山小円嬢師の浪曲、まるで一人ミュージカルな至芸に魅せられて入門。新作もこなすということで、いずれ拝聴してみたいと思っていた矢先の今回ゲスト出演。噂に違わぬ節はもちろん、普段のおしゃべりもええお声。今、徐々に注目されつつある関西若手浪曲陣のお一人。毎日新聞夕刊連日連載中の「見てよ!聴いてよ!浪花節」でその勢いを垣間見ております。
合間、テレビ。「ちちんぷいぷい」(毎日放送/毎週月〜金曜昼2時00分〜5時50分放送)にて、本日よりトミーズ健師復帰。神妙な面持ちの謝罪にはいくら1週間で謹慎が解けたとはいえちょっと気の毒に…。その流れで冒頭15分ほどの芸能ニュースは、過日の件があって宮川花子師、初めての一人舞台。グッと堪えながらも「CTスキャンに大助君の頭、入らへん」などのネタを連発して温かな爆笑を得る姿が何とも凛々しく、そしてカッコ良くも思ったり。
夕方。大阪へ。数ヵ月ぶりの「師匠」と再会。師匠といっても芸人さんではなく、今に至る私めの道標的な恩人ともいってよい元演芸番組プロデューサーさん。近況やら現況やら何やかじっくりお話を。なかでも内海英華師の女道楽は素晴らしいと思いが一致。分かる人にはやっぱり分かる粋な高座…嬉しい。
そんなこんなで元気を頂く。
深夜帰宅。黒パグ3匹に雑種1匹お出迎え。そういえば家族は親戚の家に出掛けていて、彼ら4匹ひしめきあいながら留守番、寂しかったろうに。なので帰ってきた途端の出迎えよう狂喜乱舞ぶり尋常やなし(笑)。なかでも子パグも大人らにまじって一緒にはしゃいでおりまして、あんまり可愛いので一緒に寝た(笑)。
てなこって、2月9日、何のことはない雑記でした。
落書きも数本には背景に色がつくようになりましたが、すべては「ペイント」というソフトをイジって出来たもの。ベタでも何か色が付いていたら、白背景よりも何となくもっともらしく見えてくる?(自画自賛 笑)。もっとも、パソコンの、特にイラストソフトに強い人からみれば、まだまだ初歩の初歩なのかもしれませんが、けど、この「ペイント」。イジりだしたらハマりますね。といいながら、本日ホンマは他にやることもあって、ハマってる場合やないんですが…。
とにかくこの「ペイント」ソフトによる今回は、過去の落書きショウ再生工場第1弾。「幸朗・幸子」、「大助・花子」と続く夫婦漫才シリーズ…です…ん?(笑)。
木村充揮さんと大西ユカリさん。夫婦以上の絶妙セッション…そろそろ生で聴きたくてウズウズ。春遠からじ…です。
昭和を代表する夫婦漫才が先の「人生幸朗・生恵幸子」師ならば、昭和から平成にかけての夫婦漫才、その王道に君臨するのは宮川大助・花子師。既報通り、昨夜、大助師がリハーサル中に不調を訴え、結果的には自ら駆け込んだ病院で「脳出血」との診断を受け、今後は、入院、通院そしてリハビリと重ねながら復帰への道を図ることに。
報道では幸いにも初期段階で軽い病状と診断された模様ですが、言葉が商売の漫才師、特に花子師のショックも大きそう。
夫婦漫才とはよく言ったもので、どこへ行くのもこちらのご夫婦が一緒。以前、兵庫県、当時の丹波町に某局の漫才番組、公開録音の現場に出掛けた際にもこちらは出演者、作家、スタッフ総出でマイクロバスをチャーターして向かったものの、当日出演の大助・花子師は自家用車で別乗り込み。訊けば、早めに自宅を出発し途中、みやげ店に立ち寄ったりして現場入りとかで、「仲よろしいなぁ」と感心しながら、帰りは帰りで衣裳の片付けもろもろを大助師が率先しながら、「ほな、帰るで」とご夫婦が乗り込んだ車を皆でお見送りしたことがありました。
舞台とは一味違った、何とも、家内制手工業的なのどかな雰囲気を垣間見たものです。
一方でお二人の、高座の雰囲気を叩き込んだつもりで、以前一度だけ台本を書いてみたこともありましたが、これをご両人の座付き作家の先生に見ていただくと、
「毒々しいだけ。これでは夫婦の愛情が足りない」と一蹴されました。
よくよく話を聞いて、改めてビデオで確認したら、さすがというか、自然というか、花子師が大助師をして「カバみたいな顔してからに!」と抑えつけ、一見女房上位の漫才に見えても、そのあとすかさず「でも、そんなアンタが好き」とやって、さらなる笑いを得ています。
要は夫婦という前提を、笑いのために逆転の発想で何でも「仲悪く」仕立て上げなくても、夫婦であればこそ、「愛してる」という言葉ひとつで、逆転の逆転…さらなる笑いを誘うことになるのです。もちろん、その前に「カバ」やら「メガネが顔に収まらへん」など、罵れば罵っただけ、この「好きよ」…笑いの効果てき面となるのですが。
しかしそれに気付くまでは、なかなか「好きよ」だけで笑いが起こるとは思いもよらないこと。ましてや、相手を極端にツッコんだり罵ったりして誘う笑いが主流を占めるなかで、まさかの「好きよ」だったのですが、先の、自家用車で共に行動される姿を見てから何となくながらも納得できた次第。
それにしても相方の謹慎もつらいが、病気での単独活動もこれまたツライ。ましてや当事者、夫婦だからこそ余計。それでも復帰した際には、花子さんの「好きよ」…大きな拍手に包まれながら、一層デカイ笑いを誘うのは間違いありません。
その日が来ることを楽しみに…でございます。





