「一番最初に出たのはね、『ライバル大爆笑』。でもその前に、NHKの
ラジオに出たんじゃねえかな。あんまり放送禁止ばっかりなんで
出入り禁止になっちゃったんだ。ラジオは放送されなかったんじゃねえか」
と、ビートたけし氏…便宜上、軍団にならって「殿」という呼称を使用させていただきますが、「ビートたけしのつくり方」(フジテレビ/1994年)という番組で殿が語っておられます。つまりは、今回からお届けする「全仕事」のレギュラー番組公式第1号として紹介されます、こちらの番組から、浅草キッドのトークもスタート。
#0001「ライバル大爆笑」(東京12チャンネル/1975年出演)

玉袋 金曜8時、ゴールデンですよ。
博士 桂歌丸、三遊亭小円遊司会のネタ番組で、5分間の持ち時間を
3分しか使えず、逃げる様に舞台を降りた、と記録にありますね。
玉袋 皆川おさむ、キャロライン洋子…
博士 あれ、何でこんなとこに皆川おさむがいるんですか?(笑)
玉袋 司会に出門英と来れば、
ツービートの小さい方もさらに小っちゃくなるわけですよ(笑)
博士 それもそのはずです。「つまらない台本を押しつけられた結果だ」
と、負け惜しみの弁が残っています(笑)。
玉袋 ちなみにボクはこっちの番組よりもこっち見てました(と、プロレス欄へ)
博士 当たり前じゃないですか!…今でも見たいカードですよ。
玉袋 解説が遠藤幸吉…「迷惑手紙」で捕まる前ですよ!(笑)。
それと、「ライバル大爆笑」のあとの「金曜スペシャル」!
博士 我々の業界では「金スペ」と呼びますね。
玉袋 『母と子のための…』とありますが、
内容は母と子供であるワケがない!(笑)
博士 完全にアダルトです(笑)
玉袋 「ライバル大爆笑」…青空千夜・一夜、チャンバラトリオ…
博士 まだ「ツービート」の名前がありませんね。
玉袋 まだ駆け足も駆け足のころ、当たり前だっつ〜の、冗談じゃないよ!
ラジオに出たんじゃねえかな。あんまり放送禁止ばっかりなんで
出入り禁止になっちゃったんだ。ラジオは放送されなかったんじゃねえか」
と、ビートたけし氏…便宜上、軍団にならって「殿」という呼称を使用させていただきますが、「ビートたけしのつくり方」(フジテレビ/1994年)という番組で殿が語っておられます。つまりは、今回からお届けする「全仕事」のレギュラー番組公式第1号として紹介されます、こちらの番組から、浅草キッドのトークもスタート。
#0001「ライバル大爆笑」(東京12チャンネル/1975年出演)

玉袋 金曜8時、ゴールデンですよ。
博士 桂歌丸、三遊亭小円遊司会のネタ番組で、5分間の持ち時間を
3分しか使えず、逃げる様に舞台を降りた、と記録にありますね。
玉袋 皆川おさむ、キャロライン洋子…
博士 あれ、何でこんなとこに皆川おさむがいるんですか?(笑)
玉袋 司会に出門英と来れば、
ツービートの小さい方もさらに小っちゃくなるわけですよ(笑)
博士 それもそのはずです。「つまらない台本を押しつけられた結果だ」
と、負け惜しみの弁が残っています(笑)。
玉袋 ちなみにボクはこっちの番組よりもこっち見てました(と、プロレス欄へ)
博士 当たり前じゃないですか!…今でも見たいカードですよ。
玉袋 解説が遠藤幸吉…「迷惑手紙」で捕まる前ですよ!(笑)。
それと、「ライバル大爆笑」のあとの「金曜スペシャル」!
博士 我々の業界では「金スペ」と呼びますね。
玉袋 『母と子のための…』とありますが、
内容は母と子供であるワケがない!(笑)
博士 完全にアダルトです(笑)
玉袋 「ライバル大爆笑」…青空千夜・一夜、チャンバラトリオ…
博士 まだ「ツービート」の名前がありませんね。
玉袋 まだ駆け足も駆け足のころ、当たり前だっつ〜の、冗談じゃないよ!
#0002「やじうま寄席」(日本テレビ/1975年出演)

博士 「お笑いスター誕生!」の前の枠ですよ(土曜正午)。
玉袋 土曜12時でしょ。学校が昼までに終わって急いで帰って来ても、
この時間では見れない!
博士 ただ、「たけし史」的に言いますと、『新人タイトルマッチ』と
いうことで、コーナー司会は毒蝮三太夫さんだったんですけども。
玉袋 やってたよ!
博士 そこでですね、星セント・ルイスとの対決があったんですよ。
玉袋 ありましたね!
博士 そこで、立川談志師匠に、「圧倒的にツービートが面白い!」
という軍配が上がったんですよ。
玉袋 といいながらね、このウラの「笑って笑って60分!」(TBS)を
見てたんですよ(笑)。「ハッスル銀座」なんてのもありましたけどね。
でも「やじうま寄席」です!
博士 そうです。談志師匠と運命の出会いがあった番組です。
#0003「大正テレビ寄席」(NETテレビ/1975年出演)

玉袋 何とこの番組が、北野武さん、北野幹子さんの出会いがあった
番組なんですよ!
博士 今や、ビートたけし夫人ですね。
玉袋 (使用ラテ欄が)昭和50年4月6日でしょ。この日に何と
「パネルクイズ・アタック25」(朝日放送制作)がスタートしています。
長いねぇ〜!(笑)。児玉清帝国がここから始まってるんですねぇ。
博士 延々とアタックチャンスですよ!(笑)
玉袋 この4時台の「日曜演芸会」(NET)も見てましたね。こっちにも
大喜利があったんですよ。ただ、座布団じゃなくて、こっちは
ダメな答えには顔に墨を塗るっていう…。
博士 ありました、ありました。末広亭からの中継で、演芸番組がまだまだ
元気なころですね。
玉袋 あらっ!、「グレートマジンガー」(フジテレビ/日曜夜7時)も
やってるじゃないですか!…それよりも、見てたのが!
博士 あっ、「ローラーゲーム」!…でも、岡山じゃこの時間じゃないんですよ。
昼間にやってました。
玉袋 でも、これが「プロレスだ」って分かってね、
裏の「二郎さんのOhマイおやじ」…坂上二郎さんの息子さんと
出てたんですよ。
博士 娘さんは?
玉袋 娘は「スクールウォーズ」(TBS)ですけど、この息子には二郎さん、
親バカでしたねぇ!…どうしようもない!(笑)
#0004「NHK漫才コンクール」(NHK/1976年)
博士 殿のなかではよく語られる番組で、コンクール、受賞したことがない!
玉袋 京丸・京平さんですか?
博士 3年出て、1年目が「昭和のいる・こいる」さんに敗れて、
2年目が「セント・ルイス」!、そして3年目、本命視されながらも
「東京丸・京平」さんに敗れたという、その怨みは忘れない、と!
玉袋 京丸・京平!(笑)
でも、師匠の怨みは我々弟子が晴らしましたからね。
博士 あの、「ザ・テレビ演芸」(テレビ朝日)の10週目の相手が、
玉袋 京丸・京平だったと!。(審査員得票数が)5対0、ストレートで
やっつけましたからね!
博士 師匠と弟子による、10年以上の歴史ですなぁ〜。
そのあと、京丸・京平さんが我々の楽屋に来られましてね。
玉袋 そう!。「NHKでは、あなたたちの師匠に悪い事をした」と。
博士 つまりは、NHK漫才コンクールにおいて、完全に自分たちが負けだと
自覚していながらですね、賞をもらってしまったという自責の念に
長年駆られていたという…芸人ですなぁ〜…。
玉袋 京丸・京平さん!お元気ですか!!
#0005「ちびっこ集まれ!海賊船」(東京12チャンネル/1976年出演) たけしマニアの間では有名なエピソード…
博士 初収録、2本録りの、1本目で降ろされたという…(笑)
玉袋 (出場の)子供の頭、引っ叩いたっていうヤツね(笑)
博士 ビーチサンダルで頭を引っ叩いたら、子供が鼻血を噴いたという…(笑)
玉袋 だけど、この出演は相当嬉しかったそうですね。
足立区の、北野サキさんに、テレビに出るんだと
電話をかけたそうですよ。
博士 だけど、この番組は、たけしさんが最も口にするタイトルなのに
ビデオも無ければラテ欄もない、誰も見た事がないという番組です
ので、もしもビデオをお持ちの方は我々にご一報下さい。
#0006「放送演芸大賞」(フジテレビ/1977年1月3日出演)

玉袋 早い時間の番組だねぇ〜(朝9時〜11時25分放送)。
博士 今では考えられませんけどね。
玉袋 モダンカンカン、原一平…
三笑亭夢之助!…まだ水 寺さんと付き合ってるころですねぇ(笑)
「千とせ」ですよ、「千とせ」!
博士 「松鶴家千とせ」と書かずに、「千とせ」で通じた、まさに黄金時代ですよ!
しかし、ツービートでは受賞はしてるかどうか…新人賞レースを
走りまくってたころだと思うんですが…
※この回の大賞は、浪曲の二葉百合子。
玉袋 それと、博士!、この「かくし芸大会」…アグネス・ラムですよ!
クレージーキャッツが、ザ・ドリフターズの看板が上ですよ!
博士 まだまだ、ハナ肇さんが仕切ってたころですからね。
玉袋 銅像の黄金期ですよ!(笑)
※ハナ氏の銅像はこの年が初回。ちなみに銅像コントの初代銅像役は、坂本九。
また、珍しく正月3日放送となったこの年の「かくし芸大会」、
元日土曜日には「欽ちゃんドンとやってみよう!」が3時間半、
2日日曜には「オールスター家族対抗歌合戦スペシャル」と、
時の萩本欽一人気が、恒例番組を正月3日に追いやった。
で、月曜夜8時「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」(NETテレビ)
『電線音頭』ですよ!、何とこのころ、デンセンマンが!
博士 ウチの社長…森さんが入ってたころですよ!(笑)
玉袋 同じ日のラテ欄に、殿と森社長!(笑)…最高ですな!
博士 それにまだ、正月の3日だというのに、「キックボクシング」
(TBS/夜7時)がやってますよ。いかに解説の寺内大吉が
元気だったか、という時代ですね(笑)。
玉袋 ほかにもお正月らしくネタ番組がいっぱいありますね。
「萩本欽一正月公演」(日本テレビ朝9時〜11時)
欽ちゃんのもうコレッキリデスカ!?▽花の高3トリオ涙の解散式ほか
「三波伸介の新春てんぷく大脱線」(TBS/昼2時〜3時)
伊東四朗、沢たまき ほか
「東西寄席」(TBS〜毎日放送共同制作/昼3時〜4時30分)
林家三平、獅子てんや・瀬戸わんや、横山やすし・西川きよし、
チャンバラトリオ、人生幸朗、生恵幸子ほか
「上方お笑い大賞」(読売テレビ制作・日本テレビ/夕方5時〜)
ミヤコ蝶々、夢路いとし・喜味こいし、笑福亭仁鶴
#0007「お笑い大集合!」(フジテレビ/1978年〜出演)

博士 土曜夕方6時から30分間のコント・漫才中心のバラエティ番組ですね。
玉袋 ツービートは(名前が)載ってないねぇ、
まだ「ヤッターマン」の方が全然デカイもん!(笑)
博士 「嫁と姑コント」「女刑事コント」「新婚初夜コント」などを
演じている、と…資料によりますとね。
玉袋 うわぁ〜、ヨゴレですねぇ〜!(笑)
博士 しかも、この番組でB&Bと初競演を果たしているという、
漫才ブーム前夜の歴史的な出会いですね。
玉袋 でもこの時間は裏の「料理天国」(TBS)を見てましたね。
それと、フジテレビ夜7時30分、「欽ドン!」
博士 最終回ですね。
玉袋 ということは、何となくこのころより…(『お笑い大集合』のたけしが)
ここ(土曜夜8時)にシフトしてくるという…時代の流れも
感じられますな。それよりも、土曜8時といえば、ここですよ!
「全日本プロレス中継」(日本テレビ/土曜夜8時)
馬場×大木▽鶴田×アブドーラ・ザ・ブッチャー…
玉袋 ジャイアント馬場VS大木金太郎ですよ!…たまんねぇなぁ〜!
博士 まだまだツービートを意識してない時代ですよ。
玉袋 土曜の夜は黄金時代ですよ!、「プロレス」から「Gメン75」(TBS)
に移って〆めは「ウィークエンダー」(日本テレビ)!!(笑)
博士 興奮したもんですよ、再現フィルムね。
玉袋 オレは、人間の良い悪いは、全部「ウィークエンダー」から学んだ!(笑)
#0008「ハーイ!2時半です。」(静岡けんみんテレビ/1979年出演)
博士 1979年4月から始まりました、「ハーイ!2時半です。」
玉袋 何で2時にしねえんだよ!(笑)
博士 ま、ボクに聞かれても分からないんですが(笑)
今は殿も僕らによく話してくれるんですけども、一応、月〜金の
帯で『ふるさとクイズ』というコーナーを担当してた。
玉袋 『ふるさとクイズ』!(笑)
博士 但し、地方の場合だと…ギャラも少し上がるんで(笑)、レギュラーに
なれば少しは給料もあがるぞと、思った矢先に終了してまったという…。
玉袋 短命ですねぇ(笑)
博士 ただ、この番組で忘れられないのは、この番組の収録中に、お父様の
北野菊次郎さんが亡くなったという…。
玉袋 中途半端な番組の途中で亡くなっちゃいましたね!(笑)
博士 もしもこれが「演芸大賞」のときに父が亡くなった!とくれば…。
玉袋 カッコイイですよ!。
博士 それが静岡けんみんテレビ、「ハーイ!2時半です。」ですからねぇ(笑)
#0009「お花見バラエティー」(フジテレビ/1979年出演)

玉袋 ちょっと待ってよ!、「お花見バラエティー」って!
期間が短いじゃない!(笑)
博士 フジテレビ平日正午、今の「笑っていいとも!」の枠なんですが、
裏の「アフタヌーンショー」(テレビ朝日)や
「ベルトクイズQ&Q」(TBS)があまりにも強いので、
当時のフジテレビは何をやってもダメな枠でしてね。
玉袋 やってますねぇ。
博士 つまりは、我々で言うところの「まっ昼真王!!」ですよ!。
玉袋 早かったもんねぇ、アレも!(笑)
博士 今で言うところの「おサイフクイズ QQQのQ!」(TBS)ですよ。
玉袋 (爆笑)
…でも見てください、博士。金曜夜7時に「女子プロレス」が
やってますよ!。そのあと8時からも新日(ワールドプロレスリング)!
「太陽にほえろ!」(日本テレビ)なんか見たことないですよ!

博士 このころ、我々はテレビはプロレスしか知らないという時代でしたからね。
#0010/0011「末広演芸会」(テレビ朝日/1979年4月29日/10月21日出演)
テレビ朝日、伝統の演芸番組で、担当プロデューサーには、ツービート・浅草キッドは、2代に渡り世話になったという番組。当時出演した浅草松竹演芸場のステージにあがると、毒舌で鳴らした評判から、舞台袖に他の出演者が詰めかけ、「楽屋をカラにした」という伝説も生まれました。まさに漫才ブーム前夜を物語るエピソードでございます。
共演…桂米丸、月の家円鏡、四代目春風亭柳好、柳家小せん(4月29日)
桂米丸、桂小金治、月の家円鏡、三笑亭夢丸(10月21日)
#0012「花王名人劇場」(関西テレビ/1979年11月4日出演)
『今晩は八つぁんはいかが?』、当時絶好調の落語家・月の家円鏡(現・橘家円蔵)との競演。当時の演芸陣のステータス的番組のなかの企画で、円鏡の舞台に客演した格好。しかし、後に「円鏡VSツービート」と、二枚看板として並ぶほどの勢いを抱え、再登場。同枠への出演も次第にその回数が増えていきます。

玉袋 テレビ朝日、日曜お昼3時に「浮浪雲」再放送がありますね!
博士 「浮浪雲」というのは後に殿がTBSで演りますが…
玉袋 大コケしちゃいましたね(笑)。
博士 その前は渡哲也さんがやってらしたと。
玉袋 これが最高だったんですよ、脚本・倉本聰ですからね!
良かったねぇ〜!
博士 「びっくり日本新記録」(読売テレビ制作/日本テレビ夜7時)も
まだやってますよ。
玉袋 実況の志生野温夫さんにお話を伺いましたけれど、長年やってると、
かなりのゲガ人も出たそうですよ!(笑)
博士 ここでは話せませんがね(笑)
玉袋 志生野さん、どうか、当時の裏話を…本に書いてください!(笑)
というわけで、今回はここまで、1970年代出演番組網羅。次回ご紹介は、いよいよ1980年代突入。嵐の漫才ブームが訪れる絶頂時代へと続きます。

博士 「お笑いスター誕生!」の前の枠ですよ(土曜正午)。
玉袋 土曜12時でしょ。学校が昼までに終わって急いで帰って来ても、
この時間では見れない!
博士 ただ、「たけし史」的に言いますと、『新人タイトルマッチ』と
いうことで、コーナー司会は毒蝮三太夫さんだったんですけども。
玉袋 やってたよ!
博士 そこでですね、星セント・ルイスとの対決があったんですよ。
玉袋 ありましたね!
博士 そこで、立川談志師匠に、「圧倒的にツービートが面白い!」
という軍配が上がったんですよ。
玉袋 といいながらね、このウラの「笑って笑って60分!」(TBS)を
見てたんですよ(笑)。「ハッスル銀座」なんてのもありましたけどね。
でも「やじうま寄席」です!
博士 そうです。談志師匠と運命の出会いがあった番組です。
#0003「大正テレビ寄席」(NETテレビ/1975年出演)

玉袋 何とこの番組が、北野武さん、北野幹子さんの出会いがあった
番組なんですよ!
博士 今や、ビートたけし夫人ですね。
玉袋 (使用ラテ欄が)昭和50年4月6日でしょ。この日に何と
「パネルクイズ・アタック25」(朝日放送制作)がスタートしています。
長いねぇ〜!(笑)。児玉清帝国がここから始まってるんですねぇ。
博士 延々とアタックチャンスですよ!(笑)
玉袋 この4時台の「日曜演芸会」(NET)も見てましたね。こっちにも
大喜利があったんですよ。ただ、座布団じゃなくて、こっちは
ダメな答えには顔に墨を塗るっていう…。
博士 ありました、ありました。末広亭からの中継で、演芸番組がまだまだ
元気なころですね。
玉袋 あらっ!、「グレートマジンガー」(フジテレビ/日曜夜7時)も
やってるじゃないですか!…それよりも、見てたのが!
博士 あっ、「ローラーゲーム」!…でも、岡山じゃこの時間じゃないんですよ。
昼間にやってました。
玉袋 でも、これが「プロレスだ」って分かってね、
裏の「二郎さんのOhマイおやじ」…坂上二郎さんの息子さんと
出てたんですよ。
博士 娘さんは?
玉袋 娘は「スクールウォーズ」(TBS)ですけど、この息子には二郎さん、
親バカでしたねぇ!…どうしようもない!(笑)
#0004「NHK漫才コンクール」(NHK/1976年)
博士 殿のなかではよく語られる番組で、コンクール、受賞したことがない!
玉袋 京丸・京平さんですか?
博士 3年出て、1年目が「昭和のいる・こいる」さんに敗れて、
2年目が「セント・ルイス」!、そして3年目、本命視されながらも
「東京丸・京平」さんに敗れたという、その怨みは忘れない、と!
玉袋 京丸・京平!(笑)
でも、師匠の怨みは我々弟子が晴らしましたからね。
博士 あの、「ザ・テレビ演芸」(テレビ朝日)の10週目の相手が、
玉袋 京丸・京平だったと!。(審査員得票数が)5対0、ストレートで
やっつけましたからね!
博士 師匠と弟子による、10年以上の歴史ですなぁ〜。
そのあと、京丸・京平さんが我々の楽屋に来られましてね。
玉袋 そう!。「NHKでは、あなたたちの師匠に悪い事をした」と。
博士 つまりは、NHK漫才コンクールにおいて、完全に自分たちが負けだと
自覚していながらですね、賞をもらってしまったという自責の念に
長年駆られていたという…芸人ですなぁ〜…。
玉袋 京丸・京平さん!お元気ですか!!
#0005「ちびっこ集まれ!海賊船」(東京12チャンネル/1976年出演) たけしマニアの間では有名なエピソード…
博士 初収録、2本録りの、1本目で降ろされたという…(笑)
玉袋 (出場の)子供の頭、引っ叩いたっていうヤツね(笑)
博士 ビーチサンダルで頭を引っ叩いたら、子供が鼻血を噴いたという…(笑)
玉袋 だけど、この出演は相当嬉しかったそうですね。
足立区の、北野サキさんに、テレビに出るんだと
電話をかけたそうですよ。
博士 だけど、この番組は、たけしさんが最も口にするタイトルなのに
ビデオも無ければラテ欄もない、誰も見た事がないという番組です
ので、もしもビデオをお持ちの方は我々にご一報下さい。
#0006「放送演芸大賞」(フジテレビ/1977年1月3日出演)

玉袋 早い時間の番組だねぇ〜(朝9時〜11時25分放送)。
博士 今では考えられませんけどね。
玉袋 モダンカンカン、原一平…
三笑亭夢之助!…まだ水 寺さんと付き合ってるころですねぇ(笑)
「千とせ」ですよ、「千とせ」!
博士 「松鶴家千とせ」と書かずに、「千とせ」で通じた、まさに黄金時代ですよ!
しかし、ツービートでは受賞はしてるかどうか…新人賞レースを
走りまくってたころだと思うんですが…
※この回の大賞は、浪曲の二葉百合子。
玉袋 それと、博士!、この「かくし芸大会」…アグネス・ラムですよ!
クレージーキャッツが、ザ・ドリフターズの看板が上ですよ!
博士 まだまだ、ハナ肇さんが仕切ってたころですからね。
玉袋 銅像の黄金期ですよ!(笑)
※ハナ氏の銅像はこの年が初回。ちなみに銅像コントの初代銅像役は、坂本九。
また、珍しく正月3日放送となったこの年の「かくし芸大会」、
元日土曜日には「欽ちゃんドンとやってみよう!」が3時間半、
2日日曜には「オールスター家族対抗歌合戦スペシャル」と、
時の萩本欽一人気が、恒例番組を正月3日に追いやった。
で、月曜夜8時「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」(NETテレビ)
『電線音頭』ですよ!、何とこのころ、デンセンマンが!
博士 ウチの社長…森さんが入ってたころですよ!(笑)
玉袋 同じ日のラテ欄に、殿と森社長!(笑)…最高ですな!
博士 それにまだ、正月の3日だというのに、「キックボクシング」
(TBS/夜7時)がやってますよ。いかに解説の寺内大吉が
元気だったか、という時代ですね(笑)。
玉袋 ほかにもお正月らしくネタ番組がいっぱいありますね。
「萩本欽一正月公演」(日本テレビ朝9時〜11時)
欽ちゃんのもうコレッキリデスカ!?▽花の高3トリオ涙の解散式ほか
「三波伸介の新春てんぷく大脱線」(TBS/昼2時〜3時)
伊東四朗、沢たまき ほか
「東西寄席」(TBS〜毎日放送共同制作/昼3時〜4時30分)
林家三平、獅子てんや・瀬戸わんや、横山やすし・西川きよし、
チャンバラトリオ、人生幸朗、生恵幸子ほか
「上方お笑い大賞」(読売テレビ制作・日本テレビ/夕方5時〜)
ミヤコ蝶々、夢路いとし・喜味こいし、笑福亭仁鶴
#0007「お笑い大集合!」(フジテレビ/1978年〜出演)

博士 土曜夕方6時から30分間のコント・漫才中心のバラエティ番組ですね。
玉袋 ツービートは(名前が)載ってないねぇ、
まだ「ヤッターマン」の方が全然デカイもん!(笑)
博士 「嫁と姑コント」「女刑事コント」「新婚初夜コント」などを
演じている、と…資料によりますとね。
玉袋 うわぁ〜、ヨゴレですねぇ〜!(笑)
博士 しかも、この番組でB&Bと初競演を果たしているという、
漫才ブーム前夜の歴史的な出会いですね。
玉袋 でもこの時間は裏の「料理天国」(TBS)を見てましたね。
それと、フジテレビ夜7時30分、「欽ドン!」
博士 最終回ですね。
玉袋 ということは、何となくこのころより…(『お笑い大集合』のたけしが)
ここ(土曜夜8時)にシフトしてくるという…時代の流れも
感じられますな。それよりも、土曜8時といえば、ここですよ!
「全日本プロレス中継」(日本テレビ/土曜夜8時)
馬場×大木▽鶴田×アブドーラ・ザ・ブッチャー…
玉袋 ジャイアント馬場VS大木金太郎ですよ!…たまんねぇなぁ〜!
博士 まだまだツービートを意識してない時代ですよ。
玉袋 土曜の夜は黄金時代ですよ!、「プロレス」から「Gメン75」(TBS)
に移って〆めは「ウィークエンダー」(日本テレビ)!!(笑)
博士 興奮したもんですよ、再現フィルムね。
玉袋 オレは、人間の良い悪いは、全部「ウィークエンダー」から学んだ!(笑)
#0008「ハーイ!2時半です。」(静岡けんみんテレビ/1979年出演)
博士 1979年4月から始まりました、「ハーイ!2時半です。」
玉袋 何で2時にしねえんだよ!(笑)
博士 ま、ボクに聞かれても分からないんですが(笑)
今は殿も僕らによく話してくれるんですけども、一応、月〜金の
帯で『ふるさとクイズ』というコーナーを担当してた。
玉袋 『ふるさとクイズ』!(笑)
博士 但し、地方の場合だと…ギャラも少し上がるんで(笑)、レギュラーに
なれば少しは給料もあがるぞと、思った矢先に終了してまったという…。
玉袋 短命ですねぇ(笑)
博士 ただ、この番組で忘れられないのは、この番組の収録中に、お父様の
北野菊次郎さんが亡くなったという…。
玉袋 中途半端な番組の途中で亡くなっちゃいましたね!(笑)
博士 もしもこれが「演芸大賞」のときに父が亡くなった!とくれば…。
玉袋 カッコイイですよ!。
博士 それが静岡けんみんテレビ、「ハーイ!2時半です。」ですからねぇ(笑)
#0009「お花見バラエティー」(フジテレビ/1979年出演)

玉袋 ちょっと待ってよ!、「お花見バラエティー」って!
期間が短いじゃない!(笑)
博士 フジテレビ平日正午、今の「笑っていいとも!」の枠なんですが、
裏の「アフタヌーンショー」(テレビ朝日)や
「ベルトクイズQ&Q」(TBS)があまりにも強いので、
当時のフジテレビは何をやってもダメな枠でしてね。
玉袋 やってますねぇ。
博士 つまりは、我々で言うところの「まっ昼真王!!」ですよ!。
玉袋 早かったもんねぇ、アレも!(笑)
博士 今で言うところの「おサイフクイズ QQQのQ!」(TBS)ですよ。
玉袋 (爆笑)
…でも見てください、博士。金曜夜7時に「女子プロレス」が
やってますよ!。そのあと8時からも新日(ワールドプロレスリング)!
「太陽にほえろ!」(日本テレビ)なんか見たことないですよ!

博士 このころ、我々はテレビはプロレスしか知らないという時代でしたからね。
#0010/0011「末広演芸会」(テレビ朝日/1979年4月29日/10月21日出演)
テレビ朝日、伝統の演芸番組で、担当プロデューサーには、ツービート・浅草キッドは、2代に渡り世話になったという番組。当時出演した浅草松竹演芸場のステージにあがると、毒舌で鳴らした評判から、舞台袖に他の出演者が詰めかけ、「楽屋をカラにした」という伝説も生まれました。まさに漫才ブーム前夜を物語るエピソードでございます。
共演…桂米丸、月の家円鏡、四代目春風亭柳好、柳家小せん(4月29日)
桂米丸、桂小金治、月の家円鏡、三笑亭夢丸(10月21日)
#0012「花王名人劇場」(関西テレビ/1979年11月4日出演)
『今晩は八つぁんはいかが?』、当時絶好調の落語家・月の家円鏡(現・橘家円蔵)との競演。当時の演芸陣のステータス的番組のなかの企画で、円鏡の舞台に客演した格好。しかし、後に「円鏡VSツービート」と、二枚看板として並ぶほどの勢いを抱え、再登場。同枠への出演も次第にその回数が増えていきます。

玉袋 テレビ朝日、日曜お昼3時に「浮浪雲」再放送がありますね!
博士 「浮浪雲」というのは後に殿がTBSで演りますが…
玉袋 大コケしちゃいましたね(笑)。
博士 その前は渡哲也さんがやってらしたと。
玉袋 これが最高だったんですよ、脚本・倉本聰ですからね!
良かったねぇ〜!
博士 「びっくり日本新記録」(読売テレビ制作/日本テレビ夜7時)も
まだやってますよ。
玉袋 実況の志生野温夫さんにお話を伺いましたけれど、長年やってると、
かなりのゲガ人も出たそうですよ!(笑)
博士 ここでは話せませんがね(笑)
玉袋 志生野さん、どうか、当時の裏話を…本に書いてください!(笑)
というわけで、今回はここまで、1970年代出演番組網羅。次回ご紹介は、いよいよ1980年代突入。嵐の漫才ブームが訪れる絶頂時代へと続きます。
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