日日の自惚れ

10月13日をもって更新・公開終了。
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yokoyama あんなに元気でバイタリティに溢れた方も亡くなるときは呆気なく。後半生、何のかんのと世間を騒がせましたが、結局のところ、その真実は語られないままであったことは忘れてはなりません。

 生でお目にかかったのは2〜3度か。最初は1996(平成9)年大阪府立演芸資料館「ワッハ上方」開場イベント。5F演芸ホールでは柿落とし公演を兼ねた桂三枝師司会により関西テレビの特番収録があり、ノック師は当時知事としてお出まし。7Fレッスンルームでは新作漫才発表会が催され、そこに私めも参加。しかも拙作台本、この日がまさにデビュー。当時参議院議員という立場としてもお祝いに来られた西川きよし師と共にノック師も観客への挨拶に来られていて、演者、我々スタッフは楽屋で激励を受けたのでした。上へ下へと、当日はテレビで見た有名人をいっぺんにお目にかかり、目を白黒させたのがまるで昨日のことのよう。

 その次はぐんと日が経ち、2003(平成15)年新阪急ホテル。その秋にお亡くなりになった夢路いとし師匠のお別れ会。地下鉄御堂筋線梅田駅と直結の入口から階段を上りロビーに着いた途端に「お〜、や〜」とノック師が桂三枝師と握手している瞬間。三枝師に「いつも見せてもろてますよ」とノック師が笑顔でその再会を喜んでおられました。

 その後は、一度だけ旅行本の編集という変わった仕事をいただいて、その打ち合せにと担当者の自宅を伺った、その最寄駅、神戸方面の阪急某駅でもノック師のお姿。場所が場所だけにこのときは、まったくのプライベートで思わず「あれっ?、今のノックさん?」。でもあれは間違いなくノック師で、妙齢のご婦人と二人連れ、いかにもノック師らしい貴重な“プライベート”の瞬間を目撃したのでした(笑)。

 生のステージとしては、公開録画も含めて何度か拝見したのですが、一番印象に残っているのは、2004(平成16)年のワッハ上方、ノック師芸能界復帰公演「なにをいまさら横山ノック〜ノックとその仲間たち〜」(大阪・千日前〜ワッハ上方演芸ホール/2004年11月29日)青芝フック師をはじめ、喜味こいし師、横山たかし・ひろし師、はな寛太・いま寛大師など、ゆかりの芸人さん総動員で賑やかな再出発を飾ったもので、特筆はお弟子さんであった横山プリン師を初めて生で拝見したこと。1970年代の全盛期といわれた時代を過ぎながらも、私め子供のころ、例のハゲ頭にヒゲ面のケタタマシイお喋りを記憶に残りながらも、何時の間にか表舞台から遠ざかっていたプリン師が、師匠であるノック師復帰とともに自身も芸界復帰宣言を果たされたステージ。往年のおしゃべりの勘を探りながら、ノック師、フック師、そしてプリン師で一日限りの「新・漫画トリオ」を結成。さらにサプライズとして、既に芸能界から引退し当日は客席の人にあった上岡龍太郎師が、「新・漫画トリオ」のお色直し(ピンカールを装着するため 笑)にノック師、中座のステージ上からプリン師の呼びかけによって、一日限りの上岡師、舞台復帰。長年の相棒ならではのエピソードを披露された姿は、爆笑はもちろん、感慨深い感動が。変則時間差のトリオ復活がこの目で見られたのは、何よりの記憶の財産となりました。
 
 芸人さんからも愛された方でした。オープニングの早口言葉、出場者抽選の繋ぎで、その時のヒット曲を『新曲』として披露するも、デタラメな歌唱。早口練習に余念のない客席のザワザワ声が頂点に達したところで『やかましいな!』…「ノックは無用」。新婚夫婦のノロケ、夜の生活を議員の顔そっちのけ、身を乗り出して興奮していた「花の新婚カンピュータ作戦」。『大、大、大!』でスタジオ狭しと走りまわった「ノンストップゲーム」(以上、関西テレビ)ホテルプラザの早食いフルコースディナーをいつか食べたいと子供心に出場、憧れた「ラブアタック!」。上岡探偵局時代の最高顧問であった「探偵!ナイトスクープ」(以上、朝日放送)。時事ニュースの脱線混じりの論客ぶりが楽しかった「イカにもスミにも」(毎日放送)。年始特番に限ってゲスト出演した「鶴瓶上岡パペポTV」(読売テレビ)。随時ゲスト出演し、また常連リスナーから爆笑ノック語録が多数寄せられた「歌って笑ってドンドコドン!」(ラジオ大阪)。それらの多くの発信源ともなった「それゆけ!月曜・横山ノック」(MBSラジオ)「ABC歌謡大全集」(ABCラジオ)などなど…板東英二氏、笑福亭鶴瓶師に桂文珍師、月亭八方師に桂きん枝師、前田五郎師。そして何より上岡師…同僚はもちろん若手にも愛されツッコまれ、その都度おどけて目を剥きタコ踊り(笑)。簡単に出来そうでなかなか出来る業ではありません。

 また例の謹慎中、実はゆかりの芸人さんのライブ、その楽屋にはノック師ありと言われた方で、当時、大阪厚生年金会館中ホール(現・芸術ホール)で催された立川談志独演会。ステージに登場の家元、開口一番…
「今楽屋に、月亭可朝…可チョやんと、ノックさんが居る。ノックさんに『出てよ』って頼んだんだけど、『今はまだ…』。だけど『(楽屋にある)毛布持って出たら、ウケるやろけどね』だとサ(笑)」
 それだけでもう客席、もちろん大爆笑。続けて家元、
「そういうノックちゃんが大好きだ。ノックさんは神様であります」

 根っからの芸人さんでした。偉くなっても偉ぶらない人間性がそのまま浮き彫りになって、まさに芸は人なり。

 その後、ステージ、そしてゲストながらラジオには復帰できたものの、テレビには復帰されず仕舞いに終わられたのが残念でなりません。恐らく追悼番組も難しいのではないでしょうか。
 結局のところ、真相も藪の中に終わってしまった例の事件の、結果として残った判決のみが、さもノック師生涯の功績その評価、また人柄までを封印させてしまうのは、惜しいというよりもむしろ、悔しい限り。

 通り一遍の追悼番組は期待しません。ただ、談志師、そして上岡師のコメントだけがと、今は待ちわびる次第です。

 パンパカパ〜ン、今週のハイライト…横山ノック、逝く。

 ではここで、黙祷の、音頭を取らせていただきます。

 ギャハハ、そんなもん、音頭取ってどないすんねん(笑)。

 1990(平成2)年、大阪・道頓堀中座の楽屋、藤山寛美師追悼の、神妙な席で皆が笑いに堪えながら、その後一斉にツッコんだ、爆笑ノック語録の最高峰を持って、その功績を称えたいと思います。
 
 さようなら、ノックさん!。

追記…
「スポーツニッポン」本日付速報で寄せられた立川談志師のコメント

 「漫画トリオ」を見て、面白いと思い、自分から名乗ってノックちゃんと親しくなった。随分長いつきあいになる。政治家として、周りがふまじめと思うようなことでも、本人は案外まじめに取り組んでいた。大阪府知事になったときは、ノックちゃんを当選させた大阪人のユーモア感覚を評価したんだが…。とにかく、おれは、芸や発想が突き抜けていた横山ノックを愛してました。
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マニアにはおそらく「ドリフをバカにするなよ!」となってしまうのではないでしょうか。オープニングもフルで収録されていない(全員集合2005ではフル収録で感激した人も多いはず)、コントタイトルのテロップもない、コントは放送時に比べて部分カットされているものが多い
2007/09/29(土) 02:37:22 | ななのblog
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