「さてはトコトン菊水丸」(MBSラジオ/2008年2月8日放送)、『おたまじゃくし音楽堂』に城之内早苗さん。テレビで初めてときめいたアイドルが「キャンディーズ」。お笑いも出来たしもちろん、歌も。生まれて一番最初に、テレビを見る楽しさを学んだというか、知ったという意味でも、その名を聞くと懐かしくてキュン。
その後もピンクレディーだ、松田聖子だと、色んなアイドルが世に飛び出しましたが、私めが中学生になろうかというころ、テレビの、しかもゴールデンタイムでなく夕方、学校でいえば放課後のまったりというか、どんよりというか、ああまた明日も学校かと気分が沈んでいるときに、テレビの向こうからわいわいお祭り騒ぎの楽しい雰囲気を届けてくれたのが、「夕やけニャンニャン」(フジテレビ/1985〜1989年)、「おニャン子クラブ」でした。
放課後、夕方のテレビ。「夕やけニャンニャン」でいえば、最初は関東ローカル…というより関西では放送されてなくて、でも評判だけは何となく届けられ、ならば「関西版を」と作られたのが「YOUごはんまだ?」という朝日放送の番組。
「YOUごはん〜」は毎日、大阪駅前のエキスタからの生放送で、「夕ニャン」同様、番組のマスコットアイドルとして「いちごちゃん」というグループが出演。素人に近い彼女たちに、北野誠さん、嘉門達夫さん、桂雀々さん、それにトミーズといった当時若手だったお笑い陣を巻き込んだ60分。メンバー的にも他局ながらラジオの「MBSヤングタウン」(毎日放送)をテレビ化したような感じで、ヤンタンは夢中でしたが、この番組は夢中で見たというわけでもなくその時間帯はほかに見るものがないので、ただ何となく…。
そんな真裏に、確か東京から3ヵ月送れぐらいで、「夕ニャン」がようやく関西でもネットを開始し事態は急変。
圧倒的な迫力が画面からはみ出さんばかり。司会に片岡鶴太郎、コメディリリーフにとんねるずの勢いもあって、夢中に鞍替え。まもなく「YOUごはんまだ?」は飯食うまでもなく、いともあっさりちゃぶ台ごと引っくり返されてしまったのでした。
後から思えばスタジオの構造も災いしたと思います。エキスタは同居の大丸百貨店、催事場みたいなスペースを、しかも2階建ての拭き抜け状だったため、会場の音の迫力が全部外へ抜けていくのがテレビからも感じて取れました。一方、「夕ニャン」は、確か第4スタジオという局内でも狭い方のスタジオで、そこへ客席から出演者、スタッフにおまけに機材も放り込んでギューギュー詰めの、まるでライブハウスのような構造が、充満した空気を迫力のまま伝えたのが生放送、功を奏したのでしょう。
話戻って、「おニャン子クラブ」。当時中学生にとっては、隣にいるような、年齢的には少し年上の彼女たちが揃いも揃って「セーラー服を脱がさないで」とやられたら、それはもう…。
歌は下手でも、出す曲出す曲皆1位。スター街道驀進も、しゃべりは下手だわ、仕切りは甘いわ、挙句の果てにとんねるずと本気でケンカして泣き出すわ。またスタジオに来る、似たような年恰好の観客が騒ぐわ、喚くわ、暴れ出すわ、やっぱり、とんねるずとケンカし出すわ…。そんななかで、ほぼ毎週のようにオーディションからは、新しい「おニャン子」が飛び出すわ。テレビの向うの目まぐるしさに乗じるように、いつしかクラスの中ではあの子が良い、あの子が可愛い、お目当ての子が出来るわ…。
「お前、○○がエエの?。どんな目してんの?」
最終的には好みが違う相手と、罵り合って大ゲンカ(笑)。今思えば何をそんなに夢中の番組。
やがてメンバーの中から、一人出て、二人跳ねてと、スター然とした輝きを放ち始め、グループからソロデビューを飾る者まで飛び出す、おニャン子。ほとんどがオリコン1位で、、おニャン子ブランド確立。
とにかく色んなソロが飛び出しましたが、一番嬉しかったのは、国生さゆりさんでしたっけ、「バレンタインキッス」。未だにその時期になるとかかりますからね。あ、もうそんな時期ですな(あまり無縁なので、ピンと来ない)。これが出た時は、別のおニャン子がイイと言ってた奴に胸を透くような「ざまぁ見ろ!」(笑)。ポニーテールも可愛かったし、田舎の鹿児島はウチの近所の町だし、走るの速いし、何から何まで国生さゆりの日々でした…。
しかし当時、我が家に無かったレコードプレイヤーという代物がなく、いずれの曲もすべてラジオの、特に「全日本歌謡選抜」(ラジオ大阪)から全部録音で何とか凌いでおりました・・・。ラジオ大阪といえば、夜の時間帯も「ブンブンリクエスト」という音楽番組でやはりおニャン子押せ押せで、結局、裏番組で比較的オーソドックスだった「ABCヤングリクエスト」(ABCラジオ)という老舗も終了へと追い込んだ…。時の勢いでしたね。
それと、「TOKYOベストヒット」という、ニッポン放送。おニャン子と関根勤さんがやってた番組でも当然よくかかっており、録音のために必死に傍受。それまで洋楽なんかもよくかかっていたのですが、急変で、おニャン子一辺倒。東西のフジサンケイグループ所属のラジオ局、まさにおニャン子様々。
ついでにもうひとつ、このときに初めて知ったのた、「夜になると、遠くの放送局が聞こえる」…AMラジオ、電波の仕組み。
「全日本歌謡選抜」といえば、ディスクジョッキーの立原啓裕さんと、今の桂小春団治夫人の横山みゆきさん。このお二人それぞれ男性歌手、女性歌手に別れた紅白対抗のリクエスト合戦で、得票数に応じて、その週の優勝が決まるわけですが、おニャン子景気で毎週紅組ぶっちぎり。若き立原さんが例の調子で「今週の優勝、発表です!」と勢い良くファンファーレが鳴っても、毎週「あ、やっぱり今週も紅組ですか」とがっくりされておりました。
多分、おニャン子が原因でしょうね、立原さんが段々と病弱キャラになったのは(笑)。
そんなこんなで、毎日が「おニャン子」中心、電波をおっかけおっかけ。そんなころに、中古のポータブルレコード、スピーカー内臓で何故か電子ピアノの鍵盤がくっついてたおもちゃみたいなプレイヤーでしたが、それを親戚の兄にもらうことになって、結局、後追いで、レコード購入。シングルは当時700円で何とか買えても、LPといえばやはり手が届かず、そういう時はレンタルレコード屋、重宝しました。レンタルビデオの直前といった時代、古い話です。
そういった流れでグループものを買う、ソロを買うという一連に、「あじさい橋」という変わり種の演歌で登場したのが、城之内早苗さん(やっとここまで来た 笑)。
「夕ニャン」のなかでも、得意が民謡と、和のキャラで売ったところもあったので演歌。中学生に演歌というのも…、とそんな躊躇もなく、みんな飲み込んだ。初登場1位。当時、そして今も大御所を押さえた快挙は色んなところで話題になったみたいですが、記録も何も、今思えば、じっくり聞き込んだというより、あっさり消化してしまった、という印象でしょうか。けれども、後で聴いたら、これが良い曲でメロディーも、詞も。
おニャン子が解散後、ほとんどが芸能界をやめていったなかで、歌手活動を続けられ、「年忘れにっぽんの歌」(テレビ東京)か何だったかで、しばらくして「あじさい橋」を歌う姿を見た時は、「キャンディーズ」とはまた違う、キュンと迫る物がありました。何せ、初めて買った演歌のレコード…いや、後にも先にもCDを含めて、この一曲だけでしたから、「あじさい橋」
♪渡れる、渡れない〜二人が名付けた橋〜…か。作詞はやはり、秋元康。名人ですな。さすが高井麻巳子をめとっただけはある(笑)。この「橋」に続く演歌が「川の流れのように」(美空ひばり)。橋から川へ。川は流れる橋の下…。
城之内さんといえば、先述のラジオ番組「TOKYOベストヒット」。リクエストやトークの合間に、ちょっとしたラジオドラマのコーナーがあって、そのコーナーというのが、要するに聴覚に訴えかけるというか、当時の中学生にビビっと来るというか、つまりは笑福亭鶴光師がやってた(今でもやってる 笑)、「ええか、ええか、ええのんか」テイストのコーナーで、何とも切なげな声…色っぽかったなぁ・・・(笑)。
昔の曲を聴くも、今の活躍を見るも、「おニャン子クラブ」。色んな意味で走馬灯の様に、一番多感だった当時を思い出させてくれる存在。
若気の、というよりも中学生。色んな意味での拙さがマブシイですな・・・。
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